松井は入学当初から印象深い選手でした。

 受験前の12月に会った時は受験勉強のせいか、体がかなり大きくなっていました。体重が90キロを超えていたんじゃないでしょうか。

「勉強の合間に、体も動かさんとな。入学までに10キロやせてきなさい」。ぼくは、そんな宿題を出しました。4カ月後、入学してきた松井は、約束をちゃんと守り、すっきりした体型でぼくの前に現れました。

「ようこそ、星稜へ」。差し出した右手を握り返してきた彼の右手の感触を、ぼくは今でも鮮明に覚えています。

 ぼくは握手が好きです。例えば攻撃型の監督か、守りのチームの監督か。この人は本気でぼくと付き合ってくれるかどうか。握手をすれば分かります。

 松井の手は、象のようにゴツゴツしていました。よほどバットを振り込んだんでしょう。この子は、すごい選手になると直感的に思いました。ぼくとの約束もちゃんと守ってダイエットしてきました。ぼくの言うことを聞いてくれるな、とも思いました。

 まず、新聞や本を読む習慣をつけさせようと思いました。集中力や洞察力を養うためです。往復1時間以上かかる電車通学を有効に使って欲しいという思いもありました。

 ただ、最初にアリストテレスの哲学書を貸したのは失敗でしたね。1週間たって「どうだった?」と聞いたら「えっ?」という顔をしました。

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