「長嶋さんや王さんのような選手になろう」とも言いました。周りは笑いましたが、そういう可能性が十分あると思ったからです。

 1年の時は、4番ファースト。「王選手になれ」とハッパをかけました。

 2年の時は、4番サード。今度は「長嶋選手になれ」と個人ノックを毎日浴びせました。おっとりしていて、おとなしい性格だったので、闘争心や反骨心を植え付けようという狙いもありました。「そんな球も捕れんのか!」「打つだけではダメやぞ」

 容赦ないノックを、「クソー!」と言いながら受け続けました。

 3年ではキャプテンにしました。リーダーとしての資質も身につけて欲しかったからです。

 バッティングは規格外だし、守備もノックで鍛えれば伸びる。あとは足の速さもトップクラスにしたかった。いい方法はないかと、色んな人に話を聞いて回りました。すると、勾配15度の下り坂を走ると足が速くなるというアメリカの情報を見つけたんです。英語の先生に文献を訳してもらって、松井にも見せました。

 ちょうど星稜のグラウンドには、バックネット裏に坂がある。ここを選手に走らせることにしました。松井も毎日のように走りました。

 ある試合で二塁、三塁へ立て続けに盗塁させました。すると、スポーツ紙が「松井、足も速い」と取りあげたんです。本人もその気になり、いつの間にか、本当に足も速い選手になってしまいました。

 日本の指導者は坂を見ると、下から上に走らせたくなります。鍛えることばかり考えるからです。自分の考えが正しいとは限りません。色んな人の意見を聞き、新しい情報を入れ、柔軟に考えることが大切だと再認識しました。(取材・構成/安藤嘉浩)

〈『高校野球 名将の流儀』(朝日新書)では、高校時代の村上宗隆や山田哲人といった現役選手のほか、イチローや松坂大輔など、球界に名を刻んだレジェンドたちへの教えも多数紹介。本書は朝日新聞の連載「高校野球メソッド」「名将メソッド」をもとに構成しています〉

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