
日本ではジャイアンツ、メジャーリーグではヤンキースやエンゼルスなどで活躍した松井秀喜選手。日米でゴジラの愛称で親しまれた彼は、どこにいても紳士然としている。そうした彼のパーソナリティは、石川県の星稜高校ではぐくまれた。その松井選手の成長の姿を、当時の監督・山下智茂氏のことばで、紹介する。<『高校野球 名将の流儀――世界一の日本野球はこうして作られた』(朝日新書)の抜粋・再編集>
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5敬遠のあとの謝罪 バットを投げた松井秀喜を変えた車中の2時間
日米通算507本塁打を放った松井秀喜さんは、高校最後の夏に5打席連続敬遠され、甲子園の伝説になった。取り乱すことなく一塁へ向かう姿が有名だが、「あの日の反省があったからだろう」と星稜高校(石川)野球部監督だった山下智茂さんは振り返る。あの松井さんが冷静さを失った試合とは……。山下さんが回想する。
松井は1年夏(1990年)から4番に座り、甲子園に出場。2年夏(91年)は甲子園で本塁打も放ち、チームもベスト4に進出しました。
新チームでは主将になり、同年秋の明治神宮大会で優勝し、台湾に遠征する機会をもらいました。ここでも松井は絶好調で、本塁打も打ちました。