■通算100期なるか
羽生の通算勝数は1500を超え、史上最多を更新し続けている。通算タイトル獲得数も史上最多の99期だ。一方の藤井は史上最速のスピードで通算300勝を達成した。タイトル戦に11度登場し、いまだに1度の敗退もない。そんな棋士はもちろんほかにいない。
王将戦七番勝負で藤井が五冠を堅持し、夢の八冠ロードを突き進むのか。それとも羽生がそれを阻止して通算100期を達成するのか。観戦者からすれば、これほど劇的な構図はない。
両者は初めて2日制(持ち時間8時間)で対局する。藤井はその設定で24勝4敗という圧倒的な成績を残している。下馬評では若い藤井乗りの声が多い。一方で、どちらに勝ってほしいかをあえて問われれば、それは羽生だという人も多いだろう。
羽生は渡辺、永瀬拓矢王座(30)、豊島将之九段(32)らトップクラスをなぎ倒し、史上最年長52歳で王将リーグ全勝を達成した。アルゼンチンのメッシ(35)がついにサッカー・ワールドカップで優勝したように、今期王将戦は羽生にとっても集大成の場かもしれない。
羽生がまだ20代前半の頃は、棋譜データベース導入が若手棋士の強さの秘訣(ひけつ)であろうとよく論じられた。時代がめぐって現在はハイスペックなコンピューターを用いた将棋ソフト(AI)が最新のツールとなった。もちろん、それらの影響は大きい。しかしいつの時代でも最新の環境をいかすためには、ベースとなる実力が必要なのは前提だ。
■藤井が羽生に7勝1敗
藤井は米国の半導体企業AMDのブランド広告に出演している。最近はAMDから最新のCPUが搭載されたパソコンが提供された。藤井は自作でマシンを組み立てるなど、将棋界ではこの分野でもトップランナーだ。
一方、羽生もまたAIを用いての研究に取り組んでいる。序中盤で後れは取らず、あとは持てる底力が試される終盤になれば、これまでに培ってきた百戦錬磨の強みが発揮されそうだ。
66歳の大山は19歳の羽生に勝つなどして、史上最年長でタイトル(棋王)挑戦権を獲得した。47歳差の両者は大山3勝、羽生5勝という戦績が残されている。大山は59歳のときに王将位を保持していた。時を経て、羽生は大山の数々の最年長記録を更新しうる立場となった。
時代を代表する大棋士同士の関係としては、32歳差の羽生─藤井は、23歳差の中原─羽生に近い。中原─羽生の対戦成績は中原10勝、羽生19勝。羽生─藤井は現在まで羽生1勝、藤井7勝。藤井が大きく勝ち越しているが、この先、羽生が差を詰める可能性も、もちろんあるだろう。
中原─羽生のタイトル戦は多くの将棋ファンに望まれながら、惜しくも実現しなかった。羽生─藤井の七番勝負を見られるわれわれは、幸運というよりない。
名勝負の舞台は整った。あとは藤井王将と羽生挑戦者がベストを尽くして歴史的な名局を残せるよう、心から祈りたい。(ライター・松本博文)
※AERA 2023年1月2-9日合併号