高橋さんはカンボジアに暮らしていたころ、よく友人から「君のふるさとは、どんなところなの?」と、尋ねられた。
ところが、高橋さんには自分の目で故郷を見た実感がなかった。通りいっぺんの説明しかできなかった。
「そんな自分がどうしても歯がゆかった。故郷をきちんと見てこなかった自分の姿をカンボジアの人たちに気づかされたんです。それで、故郷を撮ってみたいと思うようになりました」
■愛嬌のあるナマハゲも
16年の暮れ、高橋さんは日本に一時帰国した際、伝統的なナマハゲ行事を取材した。
訪れたのは男鹿半島南部の双六(すごろく)地区。大みそか、ナマハゲ行事は男鹿半島の全域で行われるが、双六地区もその一つだった。
高橋さんは事前に双六ナマハゲ保存会の三浦幹夫さんに手紙を書き、取材をお願いした。すると、快く受け入れてくれた。偶然にも高校時代の後輩が双六地区でナマハゲの担い手となっていたこともさいわいした。
「男鹿半島の素朴で朴訥とした人がナマハゲの面をかぶった瞬間に、まるで人が変わったかのように身も心もナマハゲになりきるんです。本当に、化身するって、こういうことなのか、と思うくらい変貌する」
地元の人々はナマハゲを受け入れないと、正月を迎えられないという。
「ナマハゲが家々を訪問して、子どもを諭し、おじいちゃんやおばあちゃんに『元気で暮らせよ』と励ます。家の主は神の魚であるハタハタなどのお膳を用意してナマハゲをもてなす。ナマハゲに祝福してもらって、1年を締めくくり、新しい年を迎えるんです」
高橋さんの話は、あの怖いナマハゲとはイメージがずいぶん異なる。
「本来のナマハゲは来訪神であり、一般にイメージされるものよりもずっと深いんです」
そう言って見せてくれた写真に写るナマハゲの顔は怖いというより愛嬌がある。目元や口角にほほ笑みさえ感じられる。頭の上にはとがった角ではなく、鹿のような角が生えている。これは昨年、約30年ぶりに復活したナマハゲの面「双六面」だという。
「男鹿半島には100以上のハマハゲの面があると思いますが、そのつくりは人間の顔のように一つひとつ異なっている。形や色が違うだけでなく、角のない面もあります」
■次々と取材を断られた
高橋さんは18年に帰国すると、カンボジアの現状を伝えようと奔走した。それが一段落し、秋田の取材を再開しようとしたところ、新型コロナウイルス感染症が全国に広がった。その影響で多くのナマハゲ行事が中止されてしまった。
「ようやく取材ができたのが昨年の大みそかでした。以前と同じ双六地区のナマハゲを撮らせてもらったんですが、ちょうどそのときに双六面が復活した。取材のタイミングとしてはとてもよかった」