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林朋彦さんが写すのは懐かしい昭和にタイムスリップしたような理容店。年季の入ったバーバーチェアや個性的な店内に目が引きつけられる。その細部に店主の人となりがにじみ出るようだ。
撮影を始めたのは10年前。これまでに『東海道中床屋ぞめき』(風人社)、『トコヤ・ロード』(同)など、3冊の写真集を送り出した。
林さんは元文春カメラマン。なので、撮影は手慣れたものだと思いきや、「記者や編集者が同行する週刊誌の撮影とはぜんぜん違いますよ」と言う。
「緊張しながら行くもんで、店主に撮影を許可されると舞い上がっちゃって、一瞬、これどうやって撮ったらいいんだろうと、思っちゃう」
雑誌の取材の仕事と、理容店の撮影ではずいぶん勝手が違うらしい。
「仕事の場合は、撮りに行けって言われて撮るわけです。撮れなかったら、なんで撮れないんだって怒られるけれど、床屋さんの場合、撮れなかったら、何でちゃんと撮れないんだって、自問自答するじゃないですか。そこらへんの違いですかねえ」
店には基本的に撮影の許諾を得ずに訪れる。つまり、ぶっつけ本番の撮影である。というか、撮影は旅先で理容店を見つけるところから始まる。
「撮影を重ねていくと、ちょっと、この通りを入ったら床屋があるんじゃないかなと、『床屋センサー』が働くんです。すると、本当に店があったりする。遠目が利くようになって、あのグルグルが見えるんですよ」と、楽しそうに話す。
■「ドキドキする」撮影依頼
しかし、昭和レトロの外観であっても、店内がそうであるかは、ドアを開けてみるまではわからない。「ちょっと違うな。普通だな」ということもある。最近はインスタグラムを見て理容店を探すことも多いが、「そこに写っているのは外観だけで、店の中まではわかりません」。
「なので、あの店だ、と思って近づいて、まずは表から中をうかがうわけですよ。今ならお客さんがいないな、とか。でも、よく見えないじゃないですか。で、だんだんと緊張してくる。ずっと歩いてきて出た汗を拭いて、よし、と三脚を担ぎ直して店の中に入る」
店主からすれば、客がきたと思うだろう。ところが、いきなり、「すいません、床屋さんを探して撮り歩いているんです」と、言われるわけだ。
「たいがい、この人は何をしているんだろう、って顔をしますよ。もうちょっと若くて、写真を勉強していますっていうのならわかるけれど、こんなに年をとったのがねえ」と、笑う。
いきなり店を訪ねて、撮影を依頼するのは「肝試しみたいな感じがある」そうで、「ドキドキするけれど、それを自分に課すのが面白い、というか」。