普通、理容店の写真というと、店主が客の髪を切っているシーンが思い浮かぶ。けれど、林さんの作品には人の姿が写っていることはほとんどない。
「文藝春秋にいたとき、ライフスタイル誌『CREA』でよくホテル、プールとかリゾートの撮影をしたんです。そこに人が写っていると、人に目がいってしまう。床屋の場合、人がいないことで店主の人柄や客との関係が思い浮かぶじゃないですか。まあ、それは後から思ったことなんですけれどね」
カメラを三脚に据え、大型カメラで撮るときと同じように手間をかけて撮影する。店内の細部や道具の一つひとつまでくっきりと写し出すためだという。
「画面の隅々までピントが合うようにレンズの絞りを絞り込んで、露出時間は3秒とか。露出は何段階も変えて撮影する。なので30分以上かかっちゃいますね。お客さんが来るまでにまず店内全体を撮って、それから部分を写す」
■生まれ故郷の店
近著『トコヤ・ロード2』(風人社)は最初、東京の理容店を撮りためて写真集にするつもりだった。「でも、やっぱり、外にも行きたくなっちゃって」。
東京で写した理容店の一つが江東区亀戸にある「理容ナグモ」である。この店には「こわごわ行った」と言う。
理由を尋ねると、「自分の家の近所とか、知っている店に行って、断られたら嫌じゃないですか」。
林さんは1961年、この街で生まれた。
「実はナグモさんって、ぼくの家の裏にあったんです。だから多分、ここで髪を切ってもらったと思う。撮影に行ったら、店のご主人が祖父のことを覚えていました」
鉄道の駅の入り口に赤青白のサインポールが置かれている写真は「福井県のJR加斗(かと)駅です。NHKのドキュメンタリー番組で見て、こんな駅があるんだ、行ってみたいな、と思った」。
店内を埋め尽くす木彫りの仮面が異彩を放つのは大分県別府市にある「酒井理容店」。
「ここもずっと撮りに行きたいなと思っていたんです。でも、新型コロナで1年くらい行けなかった。国内旅行制限が緩和されて、ようやく行けた。九州まで飛行機で行って、床屋だけ撮って帰ってくるっていう。ははは」
(アサヒカメラ・米倉昭仁)