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 2022年大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の重要人物であった北条政子や、豊臣秀吉の妻おね、室町期の日野富子など、日本の歴史を動かした魅力的な女性を題材に、数々の傑作歴史小説を描いてきた永井路子さん。古代から幕末まで、日本史上で知られた女性33人の激動の生涯と知られざる素顔とは? 朝日文庫『歴史をさわがせた女たち 日本篇』から一部を抜粋・再編集して公開します。

 女性の身で二度も皇位についた孝謙女帝は、日本史上まれにみる栄光につつまれた女性といえよう。が、お気の毒にも、女帝には、史上最高の黒いうわさがつきまとっている。

 女性の名は阿倍内親王。奈良時代、あの大仏を作った聖武帝と、光明皇后の間に生まれ、女性の身として異例のコースをたどって皇太子となり、やがて即位した。古代には何人かの女帝がいる。それらの女帝たちは、持統天皇や推古天皇のように自らが皇后であるか、あるいは皇太子がきまっていても、年少だとかその他の理由で位につけないため、代って皇位につくような場合のどちらかだった。が、阿倍内親王は、そのどれでもなく、はじめから皇位継承者として、女性では異例の皇太子にえらばれた。

 これにはわけがある。たったひとりの弟で皇太子だった基王(基という名でなく、某王〔名前不詳の意味〕ともいわれている)が夭折したので、聖武帝と別のきさきの間に生まれた皇子に皇位を奪われないように、大急ぎで皇太子に立てられたのだ。暗躍したのはもちろん光明皇后の実家、藤原氏。光明皇后の子でない皇子が即位すれば、今までの権力を奪われてしまうので、苦肉の策で女性皇太子を作り上げたのだった。

 やがて聖武帝がなくなると同時に、女帝のまわりに、あわただしい黒い渦がまきおこって来る。

 事件の第一は皇太子交代事件である。

 聖武帝はその死にあたって、未婚の、したがって、あとつぎのいないわが娘孝謙女帝のために、道祖王という皇族のひとりを皇太子とせよと遺言した。

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