ところが、この道祖王が聖武帝の喪中にもかかわらず宮中の女官と密通したことがわかったので、憤慨した女帝は早速皇太子をやめさせてしまった。

 このとき、女帝の片腕として活躍したのは、当時の実力者、藤原仲麻呂だった。彼は光明皇后の甥だから、女帝にはイトコにあたる。年も十二歳上で、おそらく女帝の幼なじみでもあったろう。女帝は大いに頼もしく思われたようだが、仲麻呂の献身にはコンタンがあった。    

 彼が女帝にすすめて皇太子にさせた大炊王は、じつは仲麻呂の家に住んでいたのだ。早死にした彼の長男の妻の再婚の相手で、いわば女婿、といったところである。女帝への献身とみせかけて、仲麻呂の狙いは、どうやら別のところにあったようだ。

 十年後、お互いの心のズレがとうとう表面化するときがやって来る。きっかけは女帝が皇太子に位を譲ったあたりからで、大炊王が即位して淳仁帝となると、仲麻呂は天皇に密着して、思いのままに腕をふるいはじめた。

 ――なにごとも天皇第一。

 という押勝(編集部注:藤原仲麻呂のこと)の態度を見たとき、女帝は何か裏切られたような気持ちを味わったのではないだろうか。

 ――押勝、お前は、私を愛しているのではなくて、権力を愛していたのだね……。

 女性にとっては悲痛な一瞬だ。そのうえたよりにしていた母の光明皇后がなくなったことも、女帝の孤独感を深めたにちがいない。そのせいだろうか、女帝はまもなく病気になる。そしてこのとき、病気をなおすまじない僧としてよばれるのが僧道鏡なのだ。

 彼は自分の呪術のありったけをつくして女帝の治療に専心する。そのかいあって女帝は健康をとりもどすが、その献身的な奉仕ぶりは女帝の心を深く捉えずにはおかなかった。彼には恵美押勝のような野心がない。しんそこからの献身である。押勝に裏切られたあとだけに女帝の心は急速に道鏡に傾き、猛烈な恋に陥るのである。

 昔は、道鏡は日本史はじまって以来の悪人のように言われていた。

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