失踪した婚約者の半生をたどる架は、「なぜ彼女は親元を離れたのだろう」と考える。そのことと、後の失踪とは何かつながりがあるのではないか?
とくに女性にとっては親と物理的、心理的な距離を取る大きなきっかけとなるのは、結婚だ。しかし、人間関係でつまづく“いい子”は、恋愛でも苦戦する。真実のように、「奥手」な女性も多い。
ユウナさんの例を見てみよう。
「私はずっと恋愛やセックスを、悪いことだと思っていたんですよね。家族でテレビを観ていてキスシーンが出てくると気まずい……っていうのはどこの家でもあると思いますが、うちでは恋愛映画は低俗なものという空気がありました。両親はSF映画が好きで、その様子を見て私もSF映画は恋愛映画より高尚というイメージを持つようになり、ひいては恋愛って、言葉が悪いんですけど、あまり頭のよくない子たちがするもの、と思っていました」
10代のころユウナさんは、「メイクやファッショにはまるで興味なく、メガネに短髪で、まるでのび太くんのようだった」そう。両親は、一般的に「カタい」といわれる仕事に就き、教育熱心。思春期まっただ中で恋愛に一喜一憂したりラブコメ映画の話題で盛り上がるクラスメイトのことを、ユウナさんは冷めた目で見ていた。
しかし20代半ばになったころ、両親から急に「いい人はいないの?」と尋ねられる。
「話には聞いていたんです。恋愛の話がタブーだった家でも、子どもが20代になると親は突然結婚を急かすようになるって。本当だったんだ~、と思いましたね。そんなこと急に言われても、恋愛も結婚も自分とは無縁で一生しないという気持ちは変わらない。でもそのときに、私のなかで親への反発心がむくむくと大きくなったのを感じましたね」
ユウナさんがそれまで恋愛経験がゼロだったのは、親がそう望んだ結果でもある。
作中の真実も、同じだ。交際経験も、セックスの経験もほぼゼロ。なのに、30歳前後になると母親が結婚の話題を持ち出すようになり、真実自身も焦りはじめた。「突然、そんなこと言われても」という、真実と同じ戸惑いを抱えたことのある女性は、日本に数え切れないほどいると見て間違いない。それが本書への共感の嵐にもつながっている。