SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機の『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「ヴ」。
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「バかヴか問題」に初めて直面したのは、駆け出しの編集者だったときである。
副編集長がとってきた映画評論の入稿を任されて、小見出しをつけた。
「ヌーベルバーグの時代」
すると、映画通の先輩編集者にその小見出しを見咎められた。
「ヤマダ君、それはヌーベルバーグじゃなくて、ヌーベルヴァーグだからね」
「ブ?」
「ヴ。ウに点々だよ。それが常識だから」
編集者たるもの校正は厳格にやるべきだと思っていたが、なぜかこのときは、冷や水を浴びせられたような気分になったものである。
後日、その先輩が実際にヌーベルヴァーグを見せてくれるというので、彼のアパートに出かけていくと、さすが映画通、本棚は映画雑誌と映画関連の本で埋め尽くされていた。
先輩氏は隣で一所懸命にヌーベルヴァーグを解説してくれたのだが、それがまたちっともわからない。
「……つまり『戦艦ポチョムキン』へのオマージュで……ハスミはすでにそうした地平に立っていたわけだが……カラタニのディスクールによれば……」
大センセイ、ポチョムキンもハスミもカラタニも知らなかったから、なんだかお前は無知だと言われているようで、ヌーベルヴァーグがすっかり苦手になってしまったのであった。
以来、「バかヴか問題」に過敏になって、「ヴ」に出会うたびに原語を調べる癖がついた。そして、長年にわたる調査の結果、おおむね、原語の綴りがvの場合は「ヴ」、bの場合は「バ」に変換されるケースが多いことがわかってきた。ただし、そこに明確な法則があるわけではないのだ。
ところが、very goodが「ヴェリー・グッド」と書いてあったら、違和感があるはずだ。いやいや、それはviじゃなくてveだからでしょ? という御仁には、televisionについて問いたい。綴りはviだけど「テレヴィ」と書く人は、ほとんどいない。つまり、常にviが「ヴ」に変換されているわけじゃないんである。
ならば、『新世紀エヴァンゲリオン』はどうか。正式ロゴは「EVANGELION」であり、カタカナ表記は「ヴ」が用いられているわけだが、この場合、「バ」に置きかえても差し支えないかというと……。
『新世紀エバンゲリオン』
とたんに、バカっぽく感じられはしないだろうか。特に「バンゲリ」だけを取り出してみると、バカを通り越して下品ですらある。
ことここに至って、大センセイ、ある芸能人のことを思い出すのである。それは『8時だョ!全員集合』に出ていたゴールデン・ハーフの「エバちゃん」だ。彼女はおそらく「Evaちゃん」だったのだろうが、断じて「エヴァちゃん」などではなかった。
バかヴか。それはたぶん、気取りの問題なんである。
※週刊朝日 2018年3月2日号