まず必要なことは、しゃにむに頑張ろうとすることではなくて、目標をきちんとわかることです。そのためには、“目標がわかっていない”ということを認識することが貴重な第一歩になります。
しかし、それは双方にとって痛みを伴うことでもあります。秋帆さんからしたら、結婚までしたし、その後も一生懸命話してきたつもりなのに、こんなことも分かってもらえていなかったんだ、という現実に直面することでもあります。博隆さんからすれば、今までこんなに努力してきたのに方向違いだったんだ、という現実に直面することでもあります。
さらに、多くの場合、本人も自分のニーズが明確にわかっていることは少ないのです。秋帆さんも言葉では「自分のことを大事に思ってくれていると実感したい」とは言っていませんでした。私が秋帆さんの言葉を要約するとそうなる、ということです。現実に、ご本人が言っているのは別の言葉です。結婚前に同居していた時代には
「(私が料理したんだから)食器を洗うのぐらいやってよ!」
というようなことがしばしばあったそうです。本当に食器洗い(または他の家事も)がしてほしいだけなら、食器洗い機やお掃除ロボットを買ったり、お手伝いさんを雇えば問題は解決するはずです。それで多少は秋帆さんのストレスを緩めるかもしれません。しかし、究極のところ、博隆さんに
「じゃあ、僕のお金でお手伝いさんを雇うから、家事の僕の分担は全部お手伝いさんがやるということでいいよね?」
と言われたら、秋帆さんがすっきりするとは思えません。
つまり、食器洗いという行為をすればいいのではなく、秋帆さんは自分が大事に思われていると実感したくて、その方法として、食器洗いを手伝って大変さをシェアしてほしいということかもしれません。もしかしたら料理が苦手なのに博隆さんのために頑張っていることを認めてほしいのかもしれません。そのツボがなんなのかは、その人次第、場合によってはその時次第です。