吉田松陰・没後159年 世界遺産「松下村塾」の驚くべき教え子たち (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

吉田松陰・没後159年 世界遺産「松下村塾」の驚くべき教え子たち

連載「あなたの知らない神社仏閣の世界」

このエントリーをはてなブックマークに追加
dot.#神社仏閣
世田谷・松陰神社境内の吉田松陰の墓

世田谷・松陰神社境内の吉田松陰の墓

小伝馬町・大安楽寺の境内にある「江戸伝馬町処刑場跡」碑と延命地蔵尊

小伝馬町・大安楽寺の境内にある「江戸伝馬町処刑場跡」碑と延命地蔵尊

小伝馬町・十思公園内にある「吉田松陰先生終焉之地」碑。センターの大きな碑には下田から獄送りになる途中に詠んだ歌が記されている

小伝馬町・十思公園内にある「吉田松陰先生終焉之地」碑。センターの大きな碑には下田から獄送りになる途中に詠んだ歌が記されている

萩の世界遺産・松下村塾

萩の世界遺産・松下村塾

●世界初の松陰伝は英国で誕生

 驚くことに松陰について、『宝島』の著者であるR・L・スティーヴンソンが著書『人物と書物に親しむ』の中で書き記していることが、よしだみどり著の「知られざる『吉田松陰伝』」で紹介されている。

「今では12年ほど前のことになるが、決定的な変革の際には、その指導者たちの多くが彼の同志や門下生であった。また、彼らの多くは日本の為政者たちの中でも、高い地位にあり、あるいはこの間まであった人々である」

 これは世界で初めて吉田松陰が登場する書物で、多くの維新の志士たちを育てた人物で類い稀なる志と行動力、カリスマ性を備えた人物として紹介されている。

●今もリードする長州藩の政治力

 明治維新以降、長州藩出身の人物が活躍したことは、吉田松陰の生きざまと無関係ではないと指摘する声は大きい。幕末の混乱の中、落命した塾生も多かったが、伊藤博文・山縣有朋に代表される高名な政治家たちを輩出した。歴代総理大臣を一番輩出しているのは、今でも長州藩(山口県)で安倍晋三内閣総理大臣までで8人に及ぶ。

 ちなみに、スティーヴンソンに松陰を紹介したのも、塾生だった正木退蔵だ。英国留学中にスティーヴンソンに出会い、彼もまた、東京工業大学(当時は東京職工学校)の初代校長、ハワイ総領事などを歴任している。

 松陰の人生はわずか29年で閉じてしまったが、彼が駆け足で植えた種は、日本を動かす推進力となったといってもよい。

●松下村塾は世界遺産に

 結局松陰は、伝馬町の牢屋で斬首され、遺体は小塚原の回向院へ運ばれた。これをひそかに改葬したのが、のちの内閣総理大臣となる伊藤博文ほか門下生たちだ。現在、世田谷にある松陰神社がその改葬地で、今も境内には松陰のお墓が大事にされている。「志」を成し遂げるご利益がある神社として、今や学問からビジネス、人生まで幅広い祈願者が集っている。

 東京の松陰神社は元は毛利家別邸にあり、萩の松陰神社は松陰の実家だった場所に建立されている。萩の松陰神社に立つ松下村塾の建物は、「明治日本の産業革命遺産」のひとつとして2015年に世界遺産に登録された。


トップにもどる dot.オリジナル記事一覧

関連記事関連記事

このエントリーをはてなブックマークに追加
あわせて読みたい あわせて読みたい