吉田松陰・没後159年 世界遺産「松下村塾」の驚くべき教え子たち (3/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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吉田松陰・没後159年 世界遺産「松下村塾」の驚くべき教え子たち

連載「あなたの知らない神社仏閣の世界」

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世田谷・松陰神社境内の吉田松陰の墓

世田谷・松陰神社境内の吉田松陰の墓

小伝馬町・大安楽寺の境内にある「江戸伝馬町処刑場跡」碑と延命地蔵尊

小伝馬町・大安楽寺の境内にある「江戸伝馬町処刑場跡」碑と延命地蔵尊

小伝馬町・十思公園内にある「吉田松陰先生終焉之地」碑。センターの大きな碑には下田から獄送りになる途中に詠んだ歌が記されている

小伝馬町・十思公園内にある「吉田松陰先生終焉之地」碑。センターの大きな碑には下田から獄送りになる途中に詠んだ歌が記されている

萩の世界遺産・松下村塾

萩の世界遺産・松下村塾

●処刑地がたどった歴史

 一方、伝馬町牢屋跡地は明治時代になっても開発からは外れ、荒れ放題となり、やがてお寺が建立されることになる。寄進した大倉喜八郎(ホテルオークラなどの創始者)、安田善次郎(安田財閥の祖)両名の名をとった大安楽寺、鬼子母神や両大師、祖師堂が明治初期に作られたが、現在は大安楽寺と身延別院として残るほか、他の土地は十思公園となり整備されている。大安楽寺境内には「江戸伝馬町処刑場跡」の碑が、身延別院には供養塔、公園内には「吉田松陰先生終焉之地」が立っている。

 明治期といえば、廃寺が進み新しいお寺の創建の申請などが難しい時代である。それがこの地に限り、いくつもの寺院の許可が下りたことは、どれほど荒廃していたか想像に難くない。牢屋敷の遺構は、公園内に作られた十思スクエアで見学することができるようになった。

 維新150年の記念として、松陰の命日である本日と明日、世田谷では志士と奇兵隊のパレードなども登場する「萩・世田谷 幕末維新祭り」が行われる。吉田松陰は門下生たちの活躍の礎を築いた人物として、今も輝く偉人のひとりである。(文・写真:『東京のパワースポットを歩く』・鈴子)


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鈴子

昭和生まれのライター&編集者。神社仏閣とパワースポットに関するブログ「東京のパワースポットを歩く」(https://tokyopowerspot.com/blog/)が好評。著書に「怨霊退散! TOKYO最強パワースポットを歩く!東東京編/西東京編」(ファミマ・ドット・コム)、「開運ご利益東京・下町散歩 」(Gakken Mook)、「山手線と総武線で「金運」さんぽ!! 」「大江戸線で『縁結び』さんぽ!!」(いずれも新翠舎電子書籍)など。得意ジャンルはほかに欧米を中心とした海外テレビドラマ。ハワイ好き

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