岩崎有一の「築地市場の目利きたち」
岩崎有一の「築地市場の目利きたち」
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 2016年11月に豊洲への移転を控える築地市場。約80年に及ぶ築地市場の歴史を支えてきた、さまざまな“目利き”たちに話を聞くシリーズ「築地市場の目利きたち」。フリージャーナリストの岩崎有一が、私たちの知らない築地市場の姿を取材する。

 氷が敷かれた発泡スチロールに、さまざまな種類の魚がずらりと並ぶ。客とのやりとりも軽快で活気あふれる……。そんな仲卸ならではのイメージとは違い、キタニ水産にはパソコンやプリンタが並び、魚を買いに来る人の姿は見当たらない。築地市場にも押し寄せるITの波は、目利きたちの心意気も変えてしまったか? 岩崎が目にした新しいスタイルの“粋”とは。

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 キタニ水産の店構えは、独特だ。築地の仲卸といえば、鮮魚が氷の上にずらりと並んでいる光景をまず思い浮かべるが、ここに陳列された魚はなく、そのほとんどが発泡スチロール(以下、発砲)の中に収められている。値札はなく、店に魚を買いに来る人を目にすることもない。

 帳箱(会計を担当する帳場さんが入るスペース)の代わりに、長机がL字型に据えられ、そこにノートパソコンが3台とドットインパクトプリンタ1台が設置されていて、それぞれの端末にはLANケーブルがつながっている。商品を並べず、パソコンが並んでいる仲卸の店をみるのは、私にとって初めてのことだった。

 遠目に黙って見ているだけでは、このスタイルがどう機能しているのかが全くわからない。頭の中が「?」だらけになった私は、キタニ水産の門(門はないけれど)をたたいた。

 キタニ水産では、あらゆる鮮魚とマグロを取り扱っている。客先から入った注文の品をそろえたら配送業者に託すことはなく、自前のトラックで関東の一都六県への配達を行う。自社便での配達を前提としたスタイルのため、客が店を直接訪れることは少なく、その選択眼はキタニ水産の従業員ひとりひとりに委ねられている。だから魚は陳列されておらず、値札も付いていないのだ。まず、これで謎がひとつ解決した。

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