築地からほど近い豊海町の集合住宅の一室に、その事務所はある。朝4時にはすでに、静まりかえった2LDKの室内で12名の従業員が、注文を確認し、仕分け、パソコンに打ち込んでいた。この作業は従業員総出で行っており、作業ごとの専従者はいない。注文の確認も、パソコンへの打ち込みも、築地で魚の仕分けや発送準備を行うのと同じ面々によって進められている。各方面へ配達される総量や、その日に準備すべき品目数がまとまった結果も、従業員全員がパソコン上で目にすることによって、それぞれに把握することができる。注文もFAXだけでなく、留守番電話に音声で残された注文もあれば、メールで入ってくるものもある。最近は、LINEでの注文もあるらしい。さまざまな方法で入った注文をパソコン上で一元化し、それをもとに品物を発注し、買い付け、仕分け、そして配達しているのだった。

 事務所のまとめ役である木村健さんの机には、パソコンがない。木村さんは、入ってきた注文の全体像を頭の中に描きながら、今日なにをどれだけ仕入れるか、手書きで書き出していた。その日の天候、築地での入荷のぐあい、入荷している魚の良しあしなどを含めての采配は、パソコンにはできない。木村さんの頭の中で整理され、集計され、書き出された仕入れリストは、即座にスマホで撮影され、キタニ水産内のLINEで共有される。買い出し担当者はその画像をもとに、買い出しやセリへと出向いていくのだ。
 
 5時半を過ぎたころから、ひとりまたひとりと事務所から人が減り、空がすっかり明るくなった6時半すぎには、打ち込みを終えてデータが共有されたノートPCが、発泡に入れられて場内へと出発。このころになると、10人以上いた従業員は、2人だけに。以後日中は、9時に出勤する事務所専従の別スタッフがこの場所を守ることとなる。

 事務所を出発したパソコンが場内の店に到着する6時50分にあわせ、3人の帳場さんが現場に出勤する。手際よく各種ケーブル類をつなぐと、開店準備完了。帳場さんは、USB給電のLEDライトに照らされた手書きの日計表などとパソコンの画面とをてらし合わせて確認しつつ、ジジジと伝票の印刷をはじめる。その伝票はビニール袋に入れられ、各発泡に添付されていく。

 ウン千もの品目を取り扱い、数百に及ぶ客先に応じていくには、パソコンの導入は必然だったのだろう。この独特の帳場スタイルにも、合点がいった。

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