ところで、キタニ水産のウェブサイトには、「お客さまとのコミュニケーションを大事に……」と書かれている。そのことが気になっていた。仲卸であっても、客あっての商売。「お客さまとのコミュニケーション」が大切なのは、キタニ水産だけではないはずだと思ったからだ。あえてこの文言を記した理由が、自社便での配達に同行してわかった。
「赤坂便」と呼ばれる赤坂方面の飲食店に配達するハイエースに同乗させてもらった私は、平日昼前の赤坂を目指した。案内してくれたのは、入社2年目となる最若手の武田さんだ。
築地市場正門を出て汐留を通り抜け、トンネルをくぐるとすぐに赤坂に出る。時間にして、10分もかからない。銀座まで歩いていかれるこの立地は魅力だと多くの人から聞いていたが、改めて、築地市場は都心に近接していることをしみじみと感じる。つい数分前までの魚介と海水の香にあふれる市場と、サラリーマンが闊歩(かっぽ)する赤坂の風景とのギャップに、体がまだなじまない。
そんなことを思っているうちに、一件目の客先についた。配達先は、ビルの中にある郷土料理店だ。ひょいと発泡を抱えた武田さんは店内に入り、客とやりとりを終えて車に戻ってくる。この一連の流れを7件こなすと、今日の赤坂便は完了。武田さんは運転をしながら、自社便での配達の利点を、丁寧に私に話してくれた。
「自社便で配達をしていると、お客さんが何を求めているのかがわかるんです。ここはどういう店で、どういうものを扱っているのかっていうことがわかりますし、こないだ届けた魚がどうだったかってことも、わかります。ただ配達するだけでなく、何をいくらで納入するかまで私たちひとりひとりに任されているので、お客さんの声にその場で応じることもできます。お客さんの声が直接聞けるというのは、なんと言っても自社便の利点ですね」
自社便の良さはまだあるという。
「ちょっと足りないものがあるような時に、また後でまいりますと応えられることも、自社便の魅力です。すぐに築地に連絡をして、途中まで持ってきてもらったりすることもできます」
確かに、直接客先まで出向けば、それぞれの客のニーズを、より細かく把握することができる。キタニ水産が大切にしているコミュニケーションとは、このスタイルをさしていたのだ。同社のウェブサイトには、「ご要望があればメニュー作りから参加させていただきます」とも記されていた。キタニ水産は、密なコミュニケーションの先に、総合プロデュースをも掲げている。