「その頃、養父も病で入院していたので、毎日3つの病院を行き来しながら仕事をするようになりました。『無我夢中』という言葉がありますけれど、本当に毎日が目まぐるしくて、自分のことなど何ひとつできない時代でした」
だが夢は決してあきらめなかったという。なぜか?
「あきらめることは、いつでもできるからです」
小林さんは、自分は決して強い人間ではないと言う。ただ人生の前半で自分の運命に振り回されて転んでいるうちに、立ち上がり方をマスターしたのだ、と。
「最初は自分の前に、道すらなかった。そしてようやく自分の前に道が開けたら、とがった石につまづいたり、大きな石をよけようとして転んだり。でもね、転んだら、もう1回立ち上がって、自分が信じる明るい場所に歩いていくしかないんです」
立ち上がるまでに、時間がかかるときもある。
「けれどそこで自分を責めたり、他人を責めたり、世の中を責めたりしないことです。悲観はしない、けれど楽観もしないこと。立ち上がれるときに立ち上がって、淡々ともう1回、歩き始めればいいんです」
念願かなって著名な演出家たちの舞台メイクを手がけるようになったのは、40代半ばになってからだ。そして50歳のとき、小林さんは勤め先の女性初の役員になり、56歳で独立起業。現在は企業コンサルティングの会社と美容に特化した高等学校、美容のプロを育成するスクールを経営している。もちろん、現役のメイクアップアーティストとしてメイクレッスンや講演活動を続けながら。
小林さんはなぜそこまで、働き続けるのか?
「働くのが好きだから。私が培ってきた知識や技術、経験から得た知恵を次の世代にどんどん渡していきたいからです。私は60年以上、美容の世界で生きてきた人間ですけれど、最近思うのは、どんな仕事も“ひとに寄りそう”という気持ちが一番大事だということです。自分ができることで、誰かが笑顔になってくれたり、誰かが自信を取り戻してくれたりすればいいなと思いながら、生きていくことが大切なんじゃないかしら」