「支店長は、内勤の仕分けの人を全員クビにして、私たち配達に、その仕事をやれと命じたのです。しかも、私は真面目に働いていたし、成績もよかったのに、2年目に入ったら時給を引き下げられてしまいました。どう考えても、正社員になれる可能性はなくなってしまいました」
郵政の民営化は、こんな形でひとりの人間の人生に影響を与えていたのだ。
■バッヂ
郵便局のバイトに見切りをつけた畑島は、三信交通の面接を受けることにした。
畑島の暮らす神奈川県内にもタクシー会社はたくさんあるが、東京のタクシー会社に比べるとどうしても営収が少ない。東京のタクシー会社の中で神奈川県に最も近いのが、大田区にある三信交通だった。通勤に都合がいい。
「やっぱり、怖かったです。タクシー強盗なんてのも聞いたことがあるし、乗務員自体にも、マナーの悪い人がいると思っていたので。でも、食べていかなくてはならなかったんで」
高卒で父親の会社を手伝い始めて、気がつけば35歳になっていた。定職もなければ、結婚もしていない。普通に就職していれば、そろそろ中堅と呼ばれる年齢である。
面接官は、当時の所長だった。いきなり、所長の方からこう切り出してきた。
「もしも他の道があるなら、できればこの業界には入らない方がいいですよ」
なぜ、所長がそう言ったのか理由はよくわからない。しかし、職安でいくつかの会社を紹介してもらったが、すべて不合格だった。
畑島にはもう、他に行くところがなかった。
「覚悟はありますか」
所長が言った。
「はい、あります」
即答すると、その場で採用が決まった。
マイナスのイメージを抱えたまま、畑島はタクシーの世界に飛び込んだ。しかし、実際に働き始めてみると、そこは意外に居心地がいい世界だった。歩合制だから、働けば働いただけ自分に返ってくるものが増える。1度車に乗ってしまえば、面倒な人間関係もない。タクシードライバーは半ば個人事業主であり、半ば一国一城の主なのである。もちろん、いじめもない。