ノンフィクションライター・山田清機氏による『東京タクシードライバー』(朝日文庫・第13回新潮ドキュメント賞候補作)。山田氏がタクシードライバーに惹かれ、彼らを取材し描き出した人生模様は、決してハッピーエンドとは限らない。にもかかわらず、読むと少し勇気をもらえる、そんな作品となった。今回は、自分を「愚か者」だと話す39歳の男性ドライバーの話をお届けする。
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京浜急行には、奇妙な駅名が多い。
路線図から思いつくままに拾い上げてみると、青物横丁、鮫洲、立会川、梅屋敷、天空橋、鈴木町、花月園前、生麦、黄金町、屏風浦、金沢文庫、安針塚などなど、歴史を感じさせるものや、なにやら曰くありげな名前の駅がいくつもある。その中でも東京の大田区にある雑色駅は、曰くありげのジャンルで三本の指に入るのではなかろうか。
私はあるタクシー会社を取材するために、生まれて初めてこの雑色という変わった名前の駅で京急線を降りた。京急川崎駅から品川行きに乗ってふたつ目、多摩川の鉄橋を渡ってすぐの六郷土手駅の次が雑色駅である。
目当てのタクシー会社の名前は、三信交通という。
駅前のコンビニを離れ、短いアーケード街をくぐり抜け、交通量の多い第一京浜を渡り、路地を3つばかり曲がると、東六郷小学校と道路を挟んだ向かい側に三信交通の看板が見えてくる。敷地の大半は車庫。入り口左手にある2階建ての事務所は、いかにもくたびれたプレハブ造りである。
事務所のカウンター越しに来意を告げると、プレハブの2階にある、今度は妙に豪華な内装の会議室に通された。
■愚か者
「あの、本当に私、何のとりえもない愚か者なんで」
巨躯を縮込めるようにしながら、畑島一人(39歳・取材当時)が会議室に入ってきた。
チェッカーグループの一員である三信交通は、タクシーの車内に「エコーカード」を常備している。これはタクシー会社に乗客の声を届けるための葉書きであり、クレームにせよ、要望にせよ、感謝の言葉にせよ、客が何かを記入して投函すれば切手を貼らなくても会社に郵送される仕組みになっている。畑島には感謝のエコーカードがよく届くという。