「千葉市には療育を担う児童発達支援の施設が59カ所ある。うちにかかっているお子さんの母親が療育場所を変えたいと考えた時、全事業所を検索しても大半は情報が少なかったそうです。彼女は、十数カ所に足を運んで見学して決めた、と。そこまで努力しないと施設選びができない現実があることは事実です」(松永さん)

 最近、地元の小児科医たちと意見交換した際も、療育施設の情報不足をどう補い、どう連携するかが議題に上がったという。

■「ペアトレ」に救われた

 足りないリソースを埋める施策の一つに、親が実施する「家庭療育」を支援する「ペアレントトレーニング(ペアトレ)」がある。自治体、障害児通所支援事業所、医療機関などで行われており、親自身が療育のコツを専門家から学べる。

 2年前、この「ペアトレ」に通って救われたと語るのは、現在小5の男の子を育てるゴリラママさん(ハンドルネーム)だ。シングルマザーになり、家計のため看護師としての一歩を踏み出した折、当時小3の息子に反動が強く出た。登校をしぶる。危険行動、暴言……。夜中に無灯火で自転車に乗り込み道に飛び出した時、ふと思った。「息子はいつか事故で死ぬかも。そうなったら自分も後を追おう」。自身も精神的に参っていた。フルタイムで働きながら息子の対応に追われ、仕事もままならず、生活が立ち行かなくなった。

子育ても実践の科学

SOSの電話をかけた児童相談所では、ツレない対応に傷ついた。だが、その後、スクールカウンセラー経由で息子の精神科受診につながった。息子は、ADHD、反抗挑戦性障害、軽度知的障害の合併と診断された。「息子も周りが自分のつらさをわかってくれないもどかしさを抱えていたんだ」と理解が深まった。そこで病院の臨床心理士が行う「ペアトレ」を紹介された。それは、グループで行うABA(Applied Behavior Analysis=応用行動分析)をベースにしたトレーニングプログラムだった。

 子どもの行動を観察し、分析をもとに対処法を検討。家庭で実施してみる。記録を取り、次の回にディスカッションする。参加者の中には、子どもの衝動性や攻撃性に悩む母親がいた。「あなたの気持ち、よくわかる」。共感の言葉をもらった瞬間、ゴリラママさんはボロボロ泣いた。

「発達障害の子を持つ親はママ友ができにくい。当事者の親同士でも、子どもの障害はみんな違う。初めて理解者がいると感じました。共感が力になるなと」

 ペアトレを受けてから、褒め上手、観察上手になった。おのずと息子の状態は変わり、学校にほぼ毎日行くようになった。

「子どもの行動が切り替わった瞬間を見逃さずに褒めると、うまくいくんです。メカニズムを理解してやってみる。それって実践の科学で、まさに看護と同じなんですよね」

(ノンフィクションライター・古川雅子)

AERA 2021年5月24日号より抜粋