ところが最近、海外では手書きを見直す動きも出ている。教育のデジタル化が進むノルウェーでは、ノルウェー科学技術大学の研究チームが「子どもたちが最低限の手書き学習を受けられるよう国がガイドラインを整備する必要がある」というコメントを発表。ノルウェーでは手書きとタイピングの両方で読み書きの指導が行われているが、調査では、手書きした時の方が脳の活動が活発化していることが分かったというのだ。前出の鈴木教授は言う。
「例えばドイツでは、いまだに万年筆を使った指導をしています。万年筆を使うのは小学2年生からですが、手書きは自分の考えを頭の中で整理してから書くという訓練にもなると現地の教員は話していました。日本の場合、漢字を覚えるという意味でも手書きによる学習は必要です」
■思考速度に適する
言語と脳の関係を研究する東京大学・酒井邦嘉教授も手書きの重要性を指摘する。
「メモを取れる学生が減っているように感じます。手書き活動の減少は学力低下に繋(つな)がると思います」
授業を聞いて、ノートを取るという活動は単純な作業に見えるが、実は、脳に与える影響はとても大きいと言う。
「ノートを取るとき、脳はただ文字を書き出しているのではなく、複数の情報を同時に脳に記憶させています」(酒井教授)
例えば、教師が書いた板書に疑問を持って“意味?”などとメモを残すと、脳にはノートのどの辺にこの書き込みをしたかという空間的な情報も一緒に記憶される。思い出す時にはこうした位置も取り出したい情報の手がかりとなるため、想起しやすくなるという。
「タイピングと比べると、手書きは遅く感じますが、その分話者の話を脳内で咀嚼(そしゃく)して、まとめながら書けます。このように手書きは自分の頭で考えるという活動が加わりますが、タイピングは話している内容をそのまま打つ傾向が強く、上澄みだけをすくっていきがちです。つまり、タイピングでは深い思考には結びつきにくい。脳の働きから見れば、その人がきちんと考えを巡らすスピードに手書きは適しているのです」(同)
手書き活動の減少への懸念とともに、酒井教授が危惧するのはデジタル教科書への移行だ。デジタルツールで読んだ内容は脳に残りにくいのではないかと指摘する。
「教科書の場合、線を引いたり、メモすることもありますが、紙媒体に書いた方がスマホやタブレットに記録するよりも記憶に残りやすいという実験結果もあります。脳の働きで見れば、紙の教科書の方がはるかにハイテクと言えると思います」(同)
(フリーランス記者・宮本さおり)
※AERA 2021年6月7日号