薄紫のレンゲショウマは、長い首を折りまげて茎と茎が支え合っている。
……ふと石段の先の小さな苔庭の隅に、見馴れぬ花が。垂直に七十センチほどすっと伸びた茎の先に、小ぶりの百合に似たピンク色の花が咲いている。今まで庭にはなかった花だ。
「ハダカユリ」。葉がないのでそう呼ばれると野の花辞典にあった。こうしたことが軽井沢では時々起きる。
今まで毎年咲いたのに急に消えてしまったり、突然想い出したように花を開いて驚かされたり。一度消えて何年かしてまた生きかえったり。植生の不思議に飽きることがない。姿を消したあと、どこに息を潜めているのだろうか。
土の中には様々なものたちが出番を待っている。その出会いは、人間の生にも似ている。
そんなことを考えながら、夕食のとうもろこしにかぶりついたら、ポロリと前歯が落ちた。だいぶ傷んでいたが、これも寿命だったのだ。
下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中
※週刊朝日 2021年9月10日号