震災の2年ほど前、齋藤さんは新聞社で働いていた。そのとき、定点撮影を担当し、通ったのが旧江戸川の河口に広がる街、浦安だった。
齋藤さんは古い写真に写った橋や魚市場を頼りに撮影地点を探し出し、そこから現在の風景を写した。
「街の中心部に旧江戸川が流れる浦安は、昔、漁師町として栄えた。それが埋め立てやベッドタウン開発によって大きく変わっていった」
一方、石巻は江戸時代、貿易港の街として栄えた。北上川流域でとれた米は川船で河口の石巻港へと運ばれ、千石船に積み替えられて江戸に送られた。明治から昭和にかけては漁業で賑わい、造船業も栄えた。
「そんな街の構造が、浦安とすごく似ているな、と思ったんです」
当時、新聞社では、阪神淡路大震災で大きな被害を受けた神戸市街地を定点撮影した写真集もつくっていた。
「そんなことがあって、定点撮影のノウハウや方法論については、新聞社で学んだことが大きいですね。具体的には、街のどの部分が変わって、どの部分が変わらないか、予測する。撮影地点を正確に合わせること、とか」
■撮影地点を「計測」する
齋藤さんが東北に向かったのは11年5月3日。車中で寝泊まりしながら石巻の街を撮り歩いた。
「いちばん最初に行ったのはJR石巻駅周辺の中心市街地。そこは冠水くらいで、それほど被害は大きくなかった。でも、旧北上川沿いの地域はひどい状態で、衝撃を受けました」
駅から東へ500メートルほど歩くと、川沿いに密集した住宅街の風景が一変していた。津波で流されてきた漁船が護岸に乗り上げていた。
「最初はひたすら街を歩いて撮影しました。1週間、シャッターを切りっぱなし、という感じで、相当撮りましたね」
齋藤さんは、被災状況をカメラに納めるだけでなく、90度ごとに向きを変えて周囲の風景をぐるりと写した。
「そんなふうに4カ所撮影しておけば、また来たときにそのクロスした地点を探すことで、定点撮影のポイントが分かる」
しかし、そんな面倒なことをしなくてもGPSで撮影地点を記録しておけばいいのでは?
「補助的には登山用のGPSも使っています。でも、精度はそれほど高くないので、2メートルくらいは撮影位置がズレてしまう。そうすると、写る風景が少し変わってしまう。写真を使って位置を特定する方法がいちばん正確なんです」
齋藤さんが求める精度は1メートル以内。「撮影地点をビシッと出す。もう、『計測』みたいな感じです(笑)」。
しかし、なぜ、そこまで精度にこだわるのか?
「こういうものをつくるときは正確性がいちばん重要で、撮影地点の精度があまいと、作品の説得力も低くなってしまう。なので、精度を詰める作業に膨大な時間と労力をかけています」
さらに、「画像の統一性を保つため」、10年間、同じカメラとレンズを使用する徹底ぶりだ。