「あの組み上がりなら、先手が勝ち易(やす)いように見えるけど『勝ち易い』という概念自体が古いんですかね?」
終局後、渡辺明名人(38)はそうツイートしていた。それほどまでに、藤井の感覚は新しいのだ。藤井はリスクは承知の上で攻勢を取り優位に立つ。最後は粘りを振り切って、豊島玉を美しい即詰みに討ち取った。
「長考してもわからない場面が多かったなと思います」
藤井はそう振り返った。これが将棋界の王者の姿だ。逆説的なようだが、強くなればなるだけ、わからないと感じることは増えていくらしい。
藤井のタイトル戦番勝負における成績は35勝6敗(勝率8割5分4厘)。王位戦のように2日制8時間と持ち時間の長い対局に限れば20勝2敗(勝率9割9厘)。その2敗とは、昨年、今年と豊島に喫したものだ。
大山康晴十五世名人(故人)や羽生といった時代の覇者は全盛期、いまの藤井のような調子で他を寄せつけず、タイトルを防衛し続けた。藤井の場合、20歳の段階でそうなっている。
渡辺、永瀬、そして豊島が藤井に勝てないのなら、いったい誰が勝てるというのか?
藤井は10月から防衛戦の竜王戦七番勝負が始まる。挑戦者は広瀬章人八段(35)だ。よく段位を「九段」と間違えられるが、そう思われて不思議ではないほどの実力と実績がある。2018年には羽生竜王(当時)に挑戦。竜王位を奪取し、羽生のタイトル100期達成を阻んだ。
■負かすのは至難の業
その広瀬が王位戦第5局の解説中、次のように語っていた。
「自分より強い人たちがもう、がんばって対策を練って挑んでいるにもかかわらず、全部跳ねのけているわけじゃないですか。なので、どうなりますかね。ははは。戦って強さを再認識する可能性が高いですね」
広瀬は穏やかな人柄ではあるが、勝負師だ。それでも勝負が始まる前からそう言わせてしまうあたり、藤井を番勝負で負かすのは至難の業なのだろう。
「王位戦で感じた課題などを竜王戦までに修正して臨めれば」
勝っておごらず、藤井はさらに進化を続けようとしている。
藤井は今年度ここまで叡王、棋聖、王位を防衛。さらに竜王、王将を防衛し、棋王を獲得すれば「史上最年少六冠」を達成する。信じがたい話だが、その可能性は十分だろう。(ライター・松本博文)
※AERA 2022年9月19日号