「豊島九段の深い研究にこちらがついていくことができなかった」
藤井にそう言わしめる内容で、まずは豊島が完勝を収めた。
「ここまで大変な準備をしないと藤井は倒せないのか?」
逆にいえば、そう感じた人もいたかもしれない。
「このまま藤井聡太は永遠に勝ち続けるのではないか?」
観戦者がそう思い始めたようなところで、たまに負ける。そこで観戦者は、大天才・藤井でも勝率10割は無理だという、当然の事実を確認させられる。
■負けは6回に1回だけ
とはいえ、藤井の通算勝率は8割3分。6回に1回しか負けていない計算になる。上位で6割を維持すれば一流と言われる世界において、これがどれだけ規格外のペースなのか。対局の中継が始まる前、藤井のプロフィル紹介で勝率が読み上げられる。そこで解説担当の棋士が「信じられませんね」などと言いながら、思わず噴き出してしまうのが定跡だ。五冠を保持して当たる相手がキツくなっても勝率がほとんど変わらないのだから、恐れ入るよりない。
勝っても負けても藤井は反省する。
「やっぱり準備をしっかり意識してやっていかなくてはいけない」
続く第2局。今度は先手となった藤井が快勝を収めた。七番勝負序盤は、わずかに有利な先手番で互いにゲームを「キープ」しあった格好になった。
王位戦と並行して、藤井は棋聖戦五番勝負でも防衛戦をたたかっていた。結果は3勝1敗で永瀬拓矢王座(30)の挑戦をしりぞけ防衛。19歳最後の対局で、藤井は10代のうちに九つ目のタイトルを獲得した。
7月19日に誕生日を迎えたあと、藤井の20代最初の一局となった王位戦第3局。後手番の藤井は華麗な収束で熱戦を制し「ブレーク」を果たす。
第4局は豊島が新型コロナウイルスに感染したことがわかり、いったん延期。豊島にとっては不運なアクシデントだった。
日程を改めての第4局。手が広く難しい中盤で、豊島が封じ手をした。2日目朝、封筒が開かれてみると、豊島の次の一手は歩頭の銀捨て。観戦者をうならせるような鬼手(きしゅ)だった。もし豊島勝ちだったら、強烈な勝着として記憶されただろう。しかし藤井は銀打ちを見事にとがめ、完璧に見える勝利を収めた。
■リスク承知の上で攻勢
結果的に最終局となった第5局。豊島玉が整然と堅陣に収まっているの対して、藤井玉は戦場に近くて薄い。従来の常識から見れば、豊島の模様がよさそうにも見えた。