■数学も音楽も好き 東大か藝大かで迷う
私自身、角野を知ったのはYouTubeの動画だった。「かてぃん」名義で、彼と同じくピアニスト&ユーチューバーの「よみぃ」とコラボした「ナイト・オブ・ナイツ」。電子音で構成されるゲーム音楽をグランドピアノ2台で再現する試みで、2人が超高速で繰り出す音の連打が衝撃的だった。1970年代後半、クラシックの音楽教育を受けた坂本龍一は、電子楽器を用いることでテクノポップというイノベーションを起こしたが、時代が一巡して今、角野はそれをピアノで表現する。その倒置の中の先進性。ショパンが登場した際に、シューマンが放ったセリフがよみがえった。
「諸君、脱帽したまえ。天才が現れた」
ショパンコンクール以降、角野の人気と知名度は、リアルの世界でもぐんぐんと上がっていった。
2021年大みそかのNHK紅白歌合戦では、上白石萌音の伴奏を務め、年明けにはショパンとガーシュインを引っ提げた全国9カ所のツアーを完遂。THE FIRST TAKEでmilet(ミレイ)と共演し、ゆずのアルバム「PEOPLE」にピアノで参加。NTTドコモのCMに綾瀬はるかと出演し、4月開始のNHK「サタデーウオッチ9」では、番組内のすべての音楽を担当。4月にドイツでハンブルク交響楽団とバルトークのピアノ協奏曲第3番を共演したかと思えば、帰国後はブルーノート東京でジャズ・デイに参加。来る7月には「FUJI ROCK FESTIVAL ’22」への出演、9月にはポーランド国立放送交響楽団と全国ツアー……と、快進撃はとどまるところを知らない。
「飽きるのが怖い。同じ所に留まりたくない。その気持ちが僕を突き動かしています。今のところ、毎回、反省点がある。それってもっと上に行けるということ。だから、進まない理由がないんです」
弾丸のようなスケジュールをこなしながら、たたずまいは涼しげで、発言はどこか覚めている。ラフマニノフの大曲「パガニーニの主題による狂詩曲」「ピアノ協奏曲第2番」をオーケストラと演奏した直後も、疲弊した様子は一切見せず、楽屋で若い指揮者と音楽談議に興じていた。
「いや、アタマの中は興奮し切っているんです。ただ、それを表に出さない。中高の時にそういうマナーを身に付けてしまっていて」
生まれた時から常にピアノがそばにあった。桐朋学園大学ピアノ科を卒業し、ピアノ教師として実績を上げていた母、角野美智子の手ほどきで、自宅のグランドピアノに向かったのは3歳の時。それ以前から数字に対する興味が強く、時計の読み方や簡単な計算は幼稚園に上がる前に覚え、小学校低学年のころには、大学受験レベルの楽理も、すべて習得していたという。