■「JKT48」に惹かれてジャカルタに就職口探す
井上がやや挑発的な質問をしたのは理由があった。本郷が女性アイドルグループ「AKB48」の熱烈なファンで、「乃木坂46」や「欅坂46」にも一時入れこんでいたことを知っていたからだ。「歴史学ではふつうはとりあってもらえない議論も、本郷さんなら一緒に考えてくれるのではないか」と冗談交じりにあとがきに書いている。東大教授の歴史学者としては異彩を放つ本郷について、井上は絶妙な言い方をする。
「歴史学界のメインストリームの『すごろく』を上がっていく人間じゃないという自負心がおありだから、AKB48と戯れることができるんだと思います。学界のことを考えれば、テレビに出られるのは、あまりいい道ではない。学者としての評判を落としかねないですし。でも頑張って下さったらいい。『すごろく』に血道を上げない人が描くことのできる歴史像があると思うんです」
本郷がAKB48に出逢ったのは15年近く前。仕事に行き詰まって東京・秋葉原の町をふらふら歩いていたら、偶然AKB48劇場を見かけて入った。自身の青春時代に活躍していたキャンディーズなどのアイドルにはまったく関心がなかった。だのにAKB48には嵌った。
「彼女たちは、なんの保証もないのに懸命に歌い、踊っている。それを見て力づけられた人たちがいて、一緒にAKB48劇場の空間を作っていた。応援する側も欲得抜き。これはこれで凄いなあと」
熱狂的ファンになり、AKB48の「総選挙」に投票したり、メンバーの高橋みなみと雑誌で対談したりした。インドネシアの首都ジャカルタを拠点に活動している「JKT48」に惹かれ、ジャカルタの大学に就職口がないか調べたこともあった。
「あなたは舎弟体質ね」と妻の恵子に言われる。人の上に立つのが苦手。皆を代表するのは格好悪いという考えが身に沁みている。母親から「人の上に立ってはいけない」と言われて育った。母方の祖母の教えだ。祖母には3人の息子たちがいて兵役に取られた。その時祖母は、「お国のために死ぬな。特攻隊、前へと言われたら、後ろに下がるぐらいでいい」と言って聞かせ、3人とも戦死せず復員してきたのだ。
最初から歴史学者を目指していたわけではない。幼少期から人間の「生き死に」に強い関心があった。考えすぎて、死への恐怖から14歳の時にパニック障害になった。大学受験の直前、親に内緒で精神科に行き、薬を処方してもらった。