
料理研究家として活躍する直前に、老人ホームで働いていたリュウジ氏。そこで振る舞った「おでん」が、意外な味付けによって大人気だったという。自身の料理哲学を語りつくした最新刊『孤独の台所』(朝日新聞出版)より、一部を抜粋してお届けする。
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すっぱり料理の道をあきらめて、ホテルに戻ろうと思って求人情報を眺めました。
でも、東日本大震災の影響でホテルの求人がまったくない。2020年から始まった新型コロナ禍のときと同じように自粛、自粛。宴会や結婚式をしようものなら叩かれていた時期でした。そうなってくるとホテルの経営は絶望的で、求人に力を入れる余裕はまったくない。
東京まで視野を広げると求人はあったけど、千葉から出たくなかったし、東京まで時間をかけて通勤するのは苦痛でしかなかった。夜遅くに仕事が終わって電車で千葉まで帰って、そして朝にまた通勤電車に乗るなんて体がもたないんですよ。
老人ホームでの驚き
じゃあどんな求人があったか。俺に合うかなと思ったのが、老人ホームです。
正確に言うと、介護を必要としない高齢者向けの専用住宅施設。一人暮らしは不安だけど、同じ世代の人たちで集まって暮らせるなら安心という人たちが生活する施設です。介護サービスがない老人ホームとイメージしてもらえればいいでしょう。
そこではホテルのコンシェルジュのような人たちが雇われていて、フロント業務の募集が出ていました。
それなら俺はホテルの経験者だから働けるんじゃないかなと思って、応募したんです。そうしたら例によって契約社員として採用されて、結局5年ちょっと勤めることになります。
最初に驚いたのは、いわゆる老人ホームのイメージとは全然違うということです。今のお年寄りは、年を重ねていてもめちゃくちゃ元気です。口も達者で、不満があったらしっかり言葉にしている。