「いくらなんでもまずい」
そんな入居者たちの一番の不満は、併設しているレストランの食事がまずいことでした。もちろん台所があるから自炊は自由なんですが、週に半分ぐらいレストランで食べたら元は取れるくらいの料金だったんです。
でも、いくらなんでもまずいと。毎月決まった分の食費を取られているからレストランで食べようかなとは思うけど、いくらなんでもどうにかしろと。それはもう、ごもっともな要望だったんです。
というのも、食事の原価はだいたい300円ぐらい。メインが小さい鯖だか鮭だかを焼いたものに、味噌汁、副菜が1、2皿という感じです。
まだまだ元気に生活していて施設にお金を支払う余裕のある人々が、原価300円の質素な食事で満足できるわけがありません。
毎月決まった分の食費を取るというのは、運営サイドからすれば合理的です。食費を払っている人と払っていない人を分けて、レストランで食事できる人とできない人を区別するのは相当面倒くさい。でも、毎月決まった食費を集められれば、原価を安定させられるから効率がいい。
老人ホーム側が雇っていたのは、給食を専門に展開する業者だったんです。だから原価は300円と、とにかく安く抑えられていた。
「何か作りましょうか?」
じゃあ食費を上げて食事のグレードを上げればいいのでは? と思うかもしれませんが、入居者の人たちが食べたいのは、毎日の健康的なメニューじゃないんです。これまで散々食べてきたレストランの高級料理でもない。昔よく食べたような、でも今は食べられない家庭料理を食べたいんです。
そんな料理がたまに出てくるのなら、レストランへの不満もそこまで出てこないはずなんですよね。
料理の不満ばかり聞くから、ある日、入居者の人に聞いてみました。
「俺、料理は得意だから何か作りましょうか?」
最初の反応は疑いですよね。誰もが「本当に料理できるの?」といった顔をしていたんですが、会社に持ちかけたら施設のレクリエーション企画として通りました。
レクリエーション費用という名目で一定の補助が出ることも決まり、そこそこ原価をかけて料理ができることになったんです。