インドの夕日は驚くほど赤かった(photo筆者撮影)

南インドの空港で日本人女性に遭遇

 そして今年2月、日本を発ち、シンガポールで小さな飛行機に乗り換えて南インド・ケララ州のトリバンドラム(ティルバナンタプーラム)空港へ向かった。乗客の大半はインド人と思われる人たちだったが、降りるときに日本人女性から声をかけられた。アーユルヴェーダのトリートメントを受けるため、1週間ほど滞在するのだという。南インドの人気を早速実感した。

 その日は空港近くのホテルに宿泊。翌朝、キッチンに行くとスタッフの女性がドーサを焼いてくれた。ドーサとは、米と豆を発酵させてつくった生地を薄く延ばして焼いたもの。これに、野菜をスパイスなどで調理したサンバル(カレーのようなスープ)などをつけながら食べる。辛くなく、優しい味わいだ。しっとりと甘いバナナもおいしくて、これからの2週間が楽しみになった。

南インドの伝統的な料理は優しい味わい。バナナの葉に色とりどりの料理が並べられる様子も美しかった(photo 筆者撮影)

スティーブ・ジョブズも滞在

 ちなみにインド料理というとカレーとナンが思い浮かぶが、南インドに滞在中、ナンを目にする機会は一度もなかった。広いインドでは、地域によって食べるものや味付けがずいぶん違うそうだ。

 朝食をとった後は三輪自動車のタクシー「オートリキシャ」に乗って「アシュラム」へ向かった。アシュラムとはヨガや瞑想の修行の場のようなところで、インド各地にあるアシュラムの中には、ビートルズのメンバーやアップルの創業者スティーブ・ジョブズが滞在した場所もある。

 私が滞在したアシュラムでは、日の出前に起きて瞑想をすることから一日が始まった。食事は朝晩2回。アーサナ(ヨガのポーズ)のクラスを受けたり、ヨガ哲学のクラスを受けたりする日々はなんとも穏やかだった。

寺院でのお祭りにはゾウも登場(photo 筆者撮影)

気候も人も穏やかだが……

 食事は完全なベジタリアン食でお酒は禁止。料理は健康的でおいしかったものの、気温30度前後とほどよく暑いので「冷えたビールを飲んだらおいしいだろうなぁ」と思うこともしばしば。アシュラムを出た日は日本からのツアー参加者と合流し、「修行明け」の食事とビールを楽しんだ。

 アシュラムで過ごした8日間は薄味の食事が続いていたため、レストランの料理は味付けが濃く感じ、おいしかった。ただ、それまで軽かったおなかがどっしりと重くなった。体はすっかりアシュラム生活に馴染んでいたようだ。

 街へ移動するために乗ったタクシーでも不思議な感覚を覚えた。南インドはよく「気候も人も穏やか」と形容されるが、運転に関しては日本の感覚では「荒い」部類に入るだろう。前を走る車にぶつかりそうなほど近づいてから追い越したり、道端に寝転んでいる犬を轢きそうになったり。あちこちからひっきりなしにクラクションも響く。

 アシュラムの静寂が恋しくなったが、「あの静けさはアシュラムならではのもの。喧騒もヒヤヒヤもある中で人間は生きているのだ」とも感じた。

岩本さんが市場にも連れていってくれた。バナナやパイナップルのほか、食器や耳かきなどの日用品も売られていた(photo 筆者撮影)

インドでの子育ては「お互いさま」の心で

 旅の後半を過ごしたバルカラはアラビア海に面し、ビーチリゾートとして人気の街だ。現地在住の岩本めぐみさん(46)のガイドのもと、アーユルヴェーダのトリートメントを受けたり、薬局を訪れたりした。

 岩本さんはインド人男性と結婚し、息子を出産。子育ての心得として、「あなたは他人に迷惑をかけて生きているのだから、他人のことも許してあげなさい」というインドの言葉を教わった。「私たちは生きているだけで誰かを傷つけてしまう。誰かを許すことは、自分を許すことなのだ」と感じたという。

 日本では「迷惑をかけないように」と気にしながら子どもを育てている人が多いように感じるが、「お互いさま」のインド流が広まれば気持ちがぐんと楽になりそうだ。

 岩本さんは、かつては弱音を吐けないなどしんどい時期もあったが、自然に生きているように見えるインドの人たちに出会い、「私も自然界の一部として、自然そのものの存在として生きたい」と感じたそうだ。アーユルヴェーダを学んだ上で店を開き、オンラインや対面で講座も開いている。「植物は太陽の光や雨を通して命を循環しているけれど、人間は自然の創造物ということを忘れてしまっている。自然から遠ざかると苦しくなるので、植物を通して自然を取り入れようとするのがアーユルヴェーダの考え方です」

バルカラのビーチ沿いのレストランで「修行明け」を祝った料理(photo 筆者撮影)

 ハーブには体を温めたり冷やしたりと様々な効果が期待できるものがあるため、個人の症状や体質に合わせて食事療法やオイルマッサージなどのケアを取り入れるのだという。南インドの強い日差しのもと、大らかに笑う岩本さんは「自然そのものの存在として生きる」ことを体現しているようだった。

 約2週間の滞在を終えて、帰国して1カ月ちょっと。南インドの青空や太陽がいまも目に浮かぶ。いつか再訪できる日がくるまで、この景色を胸にとどめながら過ごしたいと思っている。

(フリーランス記者・山本奈朱香)

[AERA最新号はこちら]