2022年1月、埼玉県ふじみ野市で、母親の訪問診療を担当していた医師を息子が散弾銃で殺害。関係者に衝撃が走る中、防弾チョッキ姿の捜査員が対応にあたった

最近は患者に対するマナーやサービス向上に気を遣う病院が増えた。水口院長が患者に「さま」の呼称を付けるのも、そうした意識の反映なのだろう。一方で、こうした病院側の対応に接し、誤った権利意識からペイハラに及ぶ人も少なくないため、あえて「患者さん」という呼称に変更する病院も増えている。

 一方、「在宅医療のハラスメント行為は命の危険に直結しかねない」と警鐘を鳴らすのは医療機関向けコンサル「ウィ・キャン」(東京都港区)の濱川博招社長だ。

「看護師が訪問すると、床の上に包丁が散らばっていたケースも報告されています。自宅には殺人の凶器になり得る道具があることも念頭に置く必要があります」

ペイハラが殺害事件に発展「胸大きいな」とセクハラ

 実際、訪問診療時のペイハラが刑事事件に発展したケースも少なくない。記憶に新しいのは2022年に埼玉県ふじみ野市で、92歳で死去した母親の息子が訪問診療を担当していた医師(当時44歳)を散弾銃で撃ち殺した事件だ。犯人の男は医師に対し、死亡が確認された後に母親の蘇生措置を依頼したが、かなわなかったことを恨んでいたと供述している。

 埼玉県が2022年に実施した「在宅医療・介護の現場における暴力やハラスメント」に関するアンケート結果によると、在宅における医療・介護の現場で患者・利用者・家族などから暴力・ハラスメントを受けたことがあるとの回答は過半の50.7%。このうち、暴力により生命の危険を感じたことがあるとの回答は11.3%と衝撃的な結果も出ている。

 訪問看護や訪問介護では「初期対応が特に重要」と濱川さんは強調する。繰り返し訪問するうちに要求がエスカレートするパターンが多いからだ。

「例えば、家族から患者のために『マッサージをしてあげて』と頼まれて応じると、契約外の要求がどんどんエスカレートしていきます。聞き入れないと、夜中に何度も事業所に電話をかけられたり、何時間も苦情を聞かされたりします」(同)

 ペイハラの加害者は60~80代の男性が多いという。母親の介護をしている息子のケースもあれば、本人が要介護者のこともある。後者で多いのがセクハラだ。入浴介助中に体を触られたり、部屋のテレビでアダルトビデオを流されたり。寝たきりの患者も「あんたの胸大きいな」などとセクハラ発言に及ぶという。濱川さんは言う。

「医療従事者の多くは患者を前にして『なんとかしてあげよう』というケアの気持ちが強い人たちです。残念なことに、そのやさしさがリスクにつながってしまう傾向は否めません」

(編集部・渡辺豪)

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AERA 2025年4月7日号より抜粋、一部加筆

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