
医療従事者が患者やその家族から暴言や理不尽な要求などを受ける「ペイシェントハラスメント(ペイハラ)」が深刻化している。医療現場でいま、何が起きているのか。AERA 2025年4月7日号より。
【ペイハラの実態】一度でもカスハラ被害を経験した人がこんなにいる・・
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「病院をホテルのサービスと混同している人が少なくありません」
こう嘆くのは総合病院に勤務する看護師の50代女性だ。入院中に必要なアメニティセットを申し込んでいない患者の家族に、「衣類やタオルなどの生活必需品を持って来てください」と連絡したところ、「そんなもの病院にいくらでもあるでしょ。そんなことでいちいち電話してくるな」とまくし立てられた。
面会に来ない終末期の患者の家族に対し、電話で容体を伝えた時は「死んだ時に連絡してもらえばいい。こっちは仕事で忙しいんだ」と怒鳴られた。急変時に連絡すると、今度は「なぜもっと早く連絡しないのか」と罵声を浴びせられる。別の身内も現れ、「キーパーソンは私。こんなに容体が悪いとは聞いていなかった。どうなっているんだ」と詰め寄られる。こうした軋轢やストレスは日常茶飯だという。
医療従事者が患者やその家族から暴言や理不尽な要求などを受ける「ペイシェント(患者)ハラスメント」(ペイハラ)が深刻化している。3月に公表された、公立・公的医療機関で働く職員を対象にした自治労の調査によると、この1年間で被害を受けたと回答した人は26%。4人に1人の割合だ。一方、パーソル総合研究所が昨年発表した実態調査では、医療・福祉業の4割超の人に被害経験があり、この3年以内でペイハラが「増えた」と回答した人は3割を超えている。
暴言や脅迫、長時間の拘束などは業務を妨げるだけでなく、職員の離職につながりかねず、厚生労働省や日本医師会も対策に乗り出している。中でも、ペイハラの被害に遭いやすいのが、医師や看護師が患者の自宅に訪問診療する「在宅医療」の現場だ。
「医療スタッフの身を守るため対策が必要と考えました」
こう明かすのは2月に「ペイシェントハラスメントに対する基本方針」を策定した、「やよい在宅クリニック」(東京都文京区)の水口義昭院長だ。「基本方針」はペイハラに該当する行為を例示した上で、確認した場合はその後の診療には応じられないことや、悪質な場合は警察への通報を含め厳正に対処する旨をうたっている。患者との契約時に提示し、同意を得て訪問診療に臨むという。この手続きの導入に至るまでには、在宅医療を専門に取り組む医療機関ならではの悩みや葛藤があった、と水口院長は振り返る。