近年、名人戦第1局はホテル椿山荘東京で指されている。静寂な和室で、和服姿の名人と挑戦者が将棋界の頂点を争ってきた
近年、名人戦第1局はホテル椿山荘東京で指されている。静寂な和室で、和服姿の名人と挑戦者が将棋界の頂点を争ってきた
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 藤井聡太六冠が初めて臨む名人戦七番勝負で、渡辺明名人を破って先勝した。七冠となれば1996年の羽生善治以来2人目。偉業に向け、幸先のいいスタートを切った。AERA 2023年4月24日号より紹介する。

【藤井聡太のタイトル戦全結果はこちら】

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 将棋界のあらゆる栄冠を手中に収めつつある、将棋界の若き王者・藤井聡太六冠(20)。年度が変わってもその勢いは、どうにも止まりそうにない。

 渡辺明名人(38)に藤井が挑戦する第81期名人戦七番勝負。第1局は4月5、6日に東京都文京区でおこなわれ、110手で藤井が勝利。史上最年少での名人位獲得、および七冠達成に近づいた。

「いいスタートを切れたかなとも思いますし。また、初めて持ち時間9時間で対局して、8時間と違うと感じたところもあったので、そのあたりも次局以降にいかしていければと思います」(藤井)

 現在の将棋公式戦の中で、名人戦の持ち時間は最も長い。2日制のタイトル戦に何度も登場している藤井にとっても、9時間は初の設定である。とはいえ傍目(はため)には、藤井はこれまでと変わらぬ戦いぶりのように見えた。

「名人戦という舞台で、またこういった素晴らしいところで対局させていただいて」(藤井)

■決まっている「2手目」

 将棋盤のマス目の数は9×9で81。将棋界において81は吉数で、81歳まで長生きすれば「盤寿」として祝福される。名人戦もまた盤寿の節目を迎えた。

 美しい木目の盤の上に置かれる駒は戦前の名匠・奥野一香が作った通称「名人駒」。近年では名人戦第1局でしか使われない逸品だ。

 一方で将棋は、きわめてデジタルで理知的なゲームである。使われる木の駒は古色を帯びていても、その動きは常に時代の最先端を映している。

 七番勝負開幕に先立つ振り駒で、第1局の先手は渡辺と決まった。古来、将棋の初手は角筋を開くか、飛車先の歩を突くかの主に2択だ。作戦家の渡辺は本局では後者を選んだ。

 後手となった藤井の2手目は決まっている。

「彼、これしか指さないですよね」

 現地で大盤解説を担当した、元名人の佐藤天彦九段(35)はそう笑っていた。藤井は2016年、史上最年少14歳でデビューして以来、2手目に飛車先の歩を突く以外の手を指したことがない。先手がどんな作戦を立てようとも避けずに受けて立つ、王道の構えだ。名人戦でも、その姿勢は変わらなかった。

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