「負けました」(渡辺)
「ありがとうございました」(藤井)
両者が一礼をかわし、記念すべき第81期名人戦の第1局は、終局を迎えた。
さて、後世の人々は、本局をどう見るだろうか。さらりと並べた限りでは、藤井が完勝したように見えるかもしれない。しかし同時代の観戦者の目には、本局もまた最後まで、どちらが勝つのかわからない熱戦に見えた。渡辺が明確な悪手を指したわけではない。しかし結果はまたしても、藤井の勝ちだった。
「えぐいよなあ」
対局室を去ったあと、渡辺はそうツイートした。藤井の底知れぬ強さは、対戦者からすれば「えぐい」というほかないのだろう。
長い名人戦の歴史をたどっていくと、不思議な符合に気づかされることがある。
たとえば1983年(第41期)の加藤一二三名人(当時43)-谷川浩司挑戦者(同21)。そして94年(第52期)の米長邦雄名人(同50歳)-羽生善治挑戦者(同23)。これらはいずれも、苦労に苦労を重ねて悲願の名人位に就いた大棋士に、A級をわずか1期で駆け抜けた若者が挑戦するという構図だ。そして挑戦者が一気に3連勝し、名人が2勝を返して意地を見せるものの、最後は4勝2敗で若き新名人が誕生するという点まで同じだった。今シリーズ、もしこのまま藤井が勝ちを重ねていけば、オールドファンは、そうした歴史の繰り返しを意識することになりそうだ。
■並行する叡王戦も先勝
名人戦と並行しておこなわれる叡王戦五番勝負では、藤井は叡王の立場で、菅井竜也八段(31)の挑戦を受ける。第1局は4月11日におこなわれ、こちらも藤井が完璧と思わせる内容で勝ちきった。六冠堅持から七冠、そして八冠という藤井ファンの期待は高まるばかりだ。
名人戦七番勝負第2局は4月27、28日、静岡市でおこなわれる。(ライター・松本博文)
※AERA 2023年4月24日号