「これで、大学通えるんか…」

 正直、あまり実感はなかった。いつもの僕なら「よっしゃー!!!」とガッツポーズするところだろうが、人間、あまりに大事なことって実感が湧かないときもあるみたいだ。

「そうか、そうか、これで卒業までちゃんと勉強できるんか」

 ここまでの人生、本当に運が良かったのかもしれない、と思った。セミの研究との出会いもそうだけれど、東大の推薦入試も僕は2期生、孫正義育英財団も1期生と、数年僕が生まれるのが早ければ、または、そうした枠組みが生まれるのが数年遅ければ、僕の人生はきっとまた違うものになっていたはずだ。

「三重に帰ったら、ちゃんと神社にお詣りに行かんとあかんなあ」

孫さん

 2017年12月、今日は孫正義育英財団の年末活動報告会の日だ。孫さんをはじめ、ノーベル賞受賞者の山中伸弥さん、永世七冠を達成したばかりの羽生善治さん、五神真東京大学総長(当時)など錚々たる皆さんがいらっしゃるということもあって、少し緊張感がある。渋谷の財団生専用の施設がいつもとは違う雰囲気になっている。会場に早めに着いた僕は、仲のいい財団生と談笑していた。

 その時、会場に孫正義さんが入ってきた!

 鼓動が一気に高鳴った。

 孫さんがこの財団に込めた思いや激励を僕たちの前で話している。

 孫さんが目線を変えるたびに、取材に訪れた記者さんたちのカメラのフラッシュがたかれる。

 孫さんのあいさつが終わった。

 僕は駆け寄った。

「孫さん、セミの研究の矢口太一です。僕、お金がなくて…この財団がなかったら大学に通うことができませんでした。でも、この財団のおかげで大学で研究できます。学ぶことができます。本当に…本当にありがとうございます…」

 気づけば僕は目がうるんで、喉が詰まって、それ以上言葉が出てこなかった。そんな僕を、必死で涙をこらえる僕を見て、孫さんはにこっと笑った。

 孫さんにお礼を言った後、華やかなパーティーの中で僕は一人号泣していた。

 涙が止まらなかった。

「ありがとうございます。ありがとうございます」

 何度も心の中でそうつぶやいた。

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