矢口太一さん(撮影/朝日新聞出版写真部映像部・和仁貢介)
矢口太一さん(撮影/朝日新聞出版写真部映像部・和仁貢介)

正財団生合格

 しかし、僕にとっての「大学生活を4年間過ごすためのお金がない」という問題は実はまだ解決していなかった。孫正義育英財団では基本的に、まず準財団生として1年間の期間認定される。そして、1年後に正財団生として認定されるかが決まるのだ。

 つまり今の時点では、1年間は保証されているがその先はわからない、という状態だった。だから正直、財団生への認定通知が来てからの1年間は、精神的にはあまり落ち着けたものではなかった。

 そして、日々の授業や研究に追われる中で、正財団生に認定されるかの決定が下る時が来た。

 そろそろ発表が来てもおかしくない。そう思ってからもう何日も経っていた。結果を待つというのは、どんな時でも待ちくたびれるものだ。毎日何度もスマホの画面をチェックしては、通知が来ていないことにどこか安心している自分もいた。

 この日も、いつものように学校で授業を受けていた。5限目の授業が終わって、スマホの画面に目をやると「審査結果」のタイトルのメールが孫正義育英財団から届いていた。

 心臓が一気に高鳴る。

 授業終わりの騒がしさが耳から遠のいていく。息が止まる。

 この結果次第で、僕がこれから残り3年間を無事に学べるかが決まる。あまりに重い結果発表だ。緊張しないわけがない。メールを開く。

「合格」

 何度も何度も、文面を読み直した。間違いなんじゃないか、そう思った。でも何度読んでも、僕に届いたメールには「合格」と書いてあった。僕は、すぐに伊勢の家族にメッセージを送った。

「合格した!!!!!!!!!」

 帰り道の電車の中。電車の音も、乗客の喋り声も、その日は耳に入ってこなかった。

 あまりに重い結果だ。良い結果だったけれど、うまく呑み込めない。辺りはすっかり暗くなっていた。僕はいつものように駐輪場まで歩き、自転車に乗る。いつもの道を漕いでいく。信号が赤になった。青になる。自転車を漕ぎだす。あれ、さっきまでくっきり見えていた信号がぼやけて見える。前がよく見えない。

「あれ、おかしいなあ。これじゃあ、前が見えへんやんか…」

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