気になる俳優は常にいる。「最近だとドイツの俳優フランツ・ロゴフスキやイギリスのジョシュ・オコナー。ちょっとやめてほしいくらい上手ですね」(写真/山本倫子)

「僕は母親を7歳のときに亡くしています。そのときは幼くて何もできなかったから、この作品はその第2ラウンドという強い思いがあったんです。しかも池松君の役は次男坊で、僕自身に重なっていた。彼はその思いを深いところで理解してくれて、僕から何かを引っ張り出して、作品に昇華させようとしていた」(石井)

感情が変われば呼吸も体温も変わる

 衣装合わせの際に「監督の靴、履いてみていいですか」と聞かれたこともあった。完成披露試写会の舞台挨拶で池松が「石井さんのお母さんもここに来ていると思います」と言ったとき「この人はたぶん一生信頼できる」と感じた。以来、最新作「本心」まで9作品でタッグを組んでいる。

「池松君の芝居の特徴はあの目と“呼吸”なんだと思います。何かのインタビューで彼が『(演技中に)脈拍を上げる』って言っていたけど、それは嘘だと思う。だって脈拍を自分でゼロにできたら死んじゃうじゃないですか(笑)。でも呼吸に関してはコントロールできる。スタートがかかったときの彼の呼吸の変化は、役と自分のスイッチを切り替えるテクニックでもあると思う」

 池松が「石井さんとの表現のひとつの完成形」とあげるのは2017年の「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」だ。役の体温や皮膚の匂いまで見えてくるような表現を、このときひとつ掴(つか)めた気がすると言う。

「感情が変われば呼吸も体温も瞳孔の開きかたも変わる。それをコントロールせずしてコントロールできれば、その場にもっともシンプルにそこに『存在』することができるんだと思うんです。果てしなく難しいことだとわかっているけれど、ずっとそういうところを目指してやっている」

(文中敬称略)(文・中村千晶)

※記事の続きはAERA 2024年11月11日号でご覧いただけます

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