朝日新聞のオンラインイベント「記者サロン」に出演し、旧知の記者・石飛徳樹(右)と談笑する。取材やイベントには基本、自前の衣装でのぞみ、スタイリストもつけない(写真/山本倫子)

 福岡は演劇文化が盛んな土地だ。オーディションに集まったのは鍛え抜かれた子役ばかり。体操着姿の池松は場違いを自覚しつつ、唯一知っていた「上を向いて歩こう」をほぼ下を向いたまま歌った。結果、合格。5人の子役と交代で2年にわたってヤングシンバの役を務める。半年間のレッスン中は「なんでこんなことをしなきゃいけないんだろう」と思うこともしばしば。一緒にレッスンを受けている姉に「壮亮、今日なんもせんかった」と両親にチクられながら、しかしどこかで「感覚的に(演技を)わかっている」自分がいた。

「周りの子や大人たちがやっている表現に対していちいち『なんか違う気がするなあ』と、勝手に考えていたんですよね。本当に始めたころから誰に習ったわけでもなく『自分の中から生まれるものを大切にしないと、お芝居って成立しないよな』みたいなことを思っていたんです。大人に『こうしたほうがいいよ』とか言われると『いやいや、ちょっと待って』みたいな。もちろん誰かと会った結晶は残るし、影響はされる。でも芝居は人に教わるものじゃないと、なぜだかずっと感じていました」

 それでもまだ俳優より野球が関心事だった。そんななか「ラスト サムライ」のオーディションに参加することになる。

オーディション終了後に 「ホームラン!」と即決

 キャスティングディレクターで演出家の奈良橋陽子(77)は、オーディション会場での池松を強烈に記憶している。「自分の大切な人が亡くなったことを想像してみてください」という課題を与えられた池松はだまって前を向いた。その頬を自然にツーッと涙がつたったとき、その場にいる全員がハッとした。監督のエドワード・ズウィックはオーディション終了後に思わず「ホームラン!」と叫び、即決した。奈良橋は言う。

「あの子だけが別格でした。仕込まれて演技をするのではなく、素直に繊細に『自分』というものを持っていた。この俳優は信じられる、と思った」

 ニュージーランドと日本でのおよそ8カ月にわたる撮影期間中も何も手を出す必要がなく、すっかり任せてしまっていたと笑う。

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役者はやっぱり『自分自身を使う』ことが素晴らしい