大学教員や研究者でない女性たちが、翻訳家として活躍してきたのも現代韓国文学の特徴だ。
「日本の大学には『韓国文学学科』がない。でも通訳の仕事や韓流ドラマの翻訳に携わっていた方など、生きた韓国語と文化を知っている女性たちが作品を選び翻訳してくれた。そのおかげもあり、非常になじみやすい訳文で作品が読めるようになっています。韓国文学の翻訳家たちは横につながっている印象です」
2018年12月には、韓国で130万部を超えたチョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』(斎藤真理子訳)が日本でも刊行され、翌年までに13万部を超えるベストセラーになった。
今や多くの出版社で、レーベルを立ち上げ、韓国文学を翻訳するようになっている。
「ハン・ガンさんの受賞で驚いたのは、タイミングだけです。『いつかは受賞するだろうと思っていたけれど、今年だったか!』と。ハン・ガンさんは歴史と対峙して、社会の風下にいる人に光をあてます。同時に自身の加害性にも敏感です。彼女の文体は繊細だと言われますが、『歴史のなかで存在しないこと』にされてきた人たちについて書くために、あえて抑制された囁くような声を選んでいるのでしょう。韓国文学を読んでいると書き手の成熟度が違うなと感じるんですよね」
外国文学を読む面白さは「ブレイディみかこさんが言うところの『他者の靴を履く』体験ができること」と、倉本さん。
「ガザのジェノサイドはじめ、世界で何が起こっているかを忘れないように想像力を保ち続けることが大切です。歴史の陰には必ず押しつぶされた人たちがいる。その存在に思いをはせるうえで、海外文学は大きな手がかりになってくれると思います」
日本の女性作家たち
ここ数年、日本の女性作家も英語圏で注目を集めている。『文芸ピープル』で、日本文学の新世代の翻訳者たちについて書いた、早稲田大学国際教養学部教授・辛島デイヴィッドさんは「翻訳される作品が増え、日本文学の裾野が広がっている」と語る。
「2018年には村田沙耶香『コンビニ人間』の英訳が『ニューヨーカー』誌など十数誌で『ブック・オブ・ザ・イヤー』に選ばれました。同年に多和田葉子『献灯使』、2020年には柳美里『JR上野駅公園口』の英訳が全米図書賞(翻訳文学部門)を受賞しています」