百倍みっともなくて、百倍魅力的

 “カエル化現象”なんて言葉がはやっているらしいですが、中学生や高校生の頃、憧れの先輩とデートしてみたら全然イメージと違ってすっかり冷めて帰って来る、という経験をした人は男女問わずそれなりに多いと思います。私も例にもれず、少なくとも十代の頃は、毎回ちょっと付き合ってみては「ここが気に入らない」「やっぱり勘違いだった」と思うことの繰り返しでした。そういう私を見て母は、「男の人ってあなたが今勝手に想像している百倍みっともない存在だから、もっともっと幻滅するよ。でも今あなたが想像できる百倍魅力的な存在でもあるよ」と諭していたものです。つまり自分の幻想を打ちこわし、自分の幻想以上のものと出会うには恋愛ほど適したものはないということだと今では思うのです。

 できれば邪魔で迷惑なことをしたくないというお便りの中の言葉は、自信のなさだけでなく人に対する思いやりや想像力でもあり、とても大切な視点だとは思います。ただ、恋愛によって救われたという経験を話す人も少なくはないわけで、邪魔で迷惑かもしれない行為は、誰かのことを他の方法では絶対にできないくらい劇的に救う行為でもあるかもしれません。もしあなたが自分の想定の範囲外の世界の姿を見たいと思う気持ちがあり、そのために自分の理想が壊されても他者を責めたり攻撃したりしない準備があるのであれば、一度恋愛はしてみてほしいと思います。ちょっと気になる相手を見つけて、自分が想像し得る最善の方法で声をかけるだけで、そこには恋愛のかけらが生まれるものです。

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鈴木涼美

鈴木涼美

1983年、東京都生まれ。慶應義塾大学在学中にAV女優としてデビューし、キャバクラなどで働きつつ、東京大学大学院修士課程を修了。日本経済新聞社で5年半勤務した後、フリーの文筆家に転身。恋愛コラムやエッセイなど活躍の幅を広げる中、小説第一作の『ギフテッド』、第二作の『グレイスレス』は、芥川賞候補に選出された。著書に、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』『非・絶滅男女図鑑 男はホントに話を聞かないし、女も頑固に地図は読まない』など。近著は、源氏物語を題材にした小説『YUKARI』

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