この治験には1795名もの患者が参加し、実薬と偽薬1対1の割合で患者をわけ、18カ月後の認知症の症状の推移を比較するという方法をとった。そこで、進行が27パーセント抑制されたという統計学的に有意な結果が出た。このことで、日・米や他の国は承認をしたわけだ。
欧州医薬品庁が問題としている有害事象の表をみてみる。
実薬群のうち、脳内に1センチ以上の瘢痕のある出血がみられたのは、わずか5名、全体の0.6パーセント。しかもこの5人は病院で適切に処置されている。治験において死亡例は一例もない。
これでなぜ駄目なのか、と正直思った。
アルツハイマー病のアミロイドβ抗体薬に対しては、データにもとづかない「ニヒリズム」ともいうべき報道や論説がとても多かった。
昨年夏に日本の承認にあわせて日本版の出たカール・ヘラップという学者の『アルツハイマー病研究、失敗の構造』という本は、治験で確認された27パーセントの進行の抑制効果について、「大げさな宣伝」「科学よりマーケティングの色合いが濃い」「生物学的にはほとんど実質のない差」とくそみそな評価をしている。
しかし、これはヘラップ氏自身のn=1の印象論であって、1800人規模の治験を行い、統計学的に有意な効果を証明したこととはそもそも次元が違う。
にもかかわらず、日経の編集委員はこの本にのっかりながら「『アミロイド仮説』は勝ったか」という論説を書いており、欧米でも、否定的な報道はニューヨーク・タイムズを含め少なくなかった。
欧州医薬品庁に答申をだしたSAGは、患者団体を含む外部識者で構成されており、こうした「ニヒリズム」にもとづく報道に影響をうけたのだろうか?
エビデンスは印象論に勝てるか?
メディアはわかりやすいもの、絵になるものに飛びつきやすい。
私がそのことを痛感したのは、6月に出した『がん征服』という本で、「世界最高のがん治療」「画期的ながん治療が承認されました」とメディアでもてはやされる遺伝子改変ウイルスの話を取材したからだ。
ウイルスががんをやっつける。しかも、治ったという患者を紹介して匿名ながら撮影させる。そうするとテレビのパッケージになりやすい。
しかし、私は、この遺伝子改変ウイルスが、たった19例の治験で承認をされていることにたいへんな違和感をもった。しかも規制当局の審査報告書をみてみると、