――音楽、エンタメを健全に続けるために、業界が抱えた問題を指摘することは当然のことだと思います。しかし実際には、音楽系のメディアやアーティストから発信されることは本当に少ないですよね。
残念ながらそうですね。でも少ないながらも、沖野修也さん(DJ/音楽プロデューサー)をはじめ、しっかりと声を上げている方もいらっしゃいますけどね。沖野さんとは同世代ですし、ジャズとR&Bという違いはあれど、アフリカン・アメリカンが作り出してきた音楽に心惹かれて、この仕事を続けてきたという共通点がある。
ジャズ、ソウル、ブルース、そしてヒップホップといった音楽の成り立ちを考えれば、社会的立場の弱い人たちに寄り添うために僕らがやっていることは真っ当すぎるほど真っ当だと思います。ただ、そうではない方もいらっしゃるのも事実で。僕と同じソウルやヒップホップ好きで知られるラッパーが「亡くなった安倍晋三さんに献花してきました」とSNSでポストしているのを見て、理解に苦しんだこともありました。もちろん、安倍さんの政策を支持する人も献花する人も沢山いらっしゃるでしょう。でもレベルミュージック(社会権力に抗う音楽)を長年聴いてきた経験と、弱者への思いやりに欠けていたと批判されることも多い安倍さんへの献花という行為が両立するのは、僕にとっては驚きですね。
じつは7月以来、芸能界や音楽業界の著名な方々が連絡をくださったり、あるいは直接会いに来て「応援してるよ」とおっしゃることが何度もありました。僕も冗談めかして「だったらあなたもジャニーズ問題について発言してもいいんですよ」と言ったりするんですが、実際に声を上げる人は皆無です。「松尾が言うことはわかるけど、いろいろあるじゃない」「それぞれの意見があるから静観するしかないよ」と。
――なるほど……。旧ジャニーズ事務所が会見を開き、性被害があったことを認めた後も言論の状況はあまり変わっていない印象です。