古賀詩穂子さんの夢を具現化した名古屋市内の本屋「TOUTEN BOOKSTORE」。右は家主の河田圭介さん

 こうした借り手と家主の「想い」に背中を押される形で、さかさま不動産のサービスが形作られていく。つまり、「ビジネスモデル」ありきの起業ではなく、「目の前の放っておけない矛盾を何とかせないかん」(水谷さん)という思いが先にあった。

 古民家運営で知り合った藤田恭兵さん(31)とともに、「On-Co」を立ち上げたのは19年。マッチングサイトの有料化も検討したが、「伴走者」として夢の実現をサポートするのにお金をもらうのはダサい、と判断した。

「僕たちもいまだにそうですが、夢や目標はあっても十分な資金がない、という若者は世の中にたくさんいます。そういう人たちからお金をもらうのは良くないと思いました」(水谷さん)

 そう考えるのは水谷さん自身、「お金以外の価値」に支えられてきたからだ。

「いま考えると、名古屋駅近くで8軒も借りて家賃15万円ってあり得ない相場。当時は空き家だから格安で借りられる、と思っていましたが、それだけではないと気づいたんです」

活動や熱意に共感、「出資」するような感覚

 家主に家賃を支払いに行った際、それ以上の額面の商品券をもらうこともあった。折に触れて、「頑張れよ」と声をかけてくれる家主もいた。

「大家さんの側にも経済的な損得の次元を超えた、それぞれの価値判断が働いていたと思うんです。借り手の活動や熱意に共感したり意気に感じてくれたり。『出資』するような感覚もあったはず。そんな風に思ってくれている人から、お金をもらうのってセンスないじゃないですか」(水谷さん)

 家主の側にも「お金以外の価値基準」がある。水谷さんにそう確信させた出来事の一つが、東京都港区の南麻布でのマッチング成立だ。国内有数の高級物件がしのぎを削るエリア。住居兼店舗として利用していた築50年の4階建てビルのオーナーの小林直子さん(52)が、畳店だったスペースの活用を水谷さんに相談したところ、都内でクリエイターのアトリエを探していたコミュニティデザイナーの加藤翼さん(33)とのマッチングが成立した。元美術学生の小林さんはアトリエを探すのが大変なことを知っているため、「応援できれば」と考えたという。「若い人が集まり、楽しそうに活用してくれているのがうれしく、満足しています」と話す。加藤さんは現在、カフェギャラリーとして運営している。

 不動産には「資本」では測れない価値もある、と水谷さんは感じている。

「さかさま不動産を知った大家さんが自分で借り手を選ぼうというマインドに変わったのだとすれば、それは不動産が資本からちょっと外れる瞬間だった気がするんです」

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