撮影:柳岡正澄

「撮ってるうちに気づいたんですけど、病院の中って、すごい場所やな、と思った。ほんまに撮りたいシーンがたくさんあった」と、柳岡正澄さんは振り返る。

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作品「患者ID 0397098」は8年ほど前、柳岡さんが交通事故で総合病院に入院したときの記録である。

自分自身の姿をセルフタイマーで写しただけでなく、他の患者や家族、病院関係者にもレンズを向けた。105日間の入院中に撮影した写真は約2千枚にもなる。

「ほんまに枚数はめちゃくちゃ撮ったんです。衝撃的なシャッターチャンスがあったから。でも、作品としては出せないやつばかりで。例えば、認知症の患者が自分の尿瓶(しびん)を持って廊下をウロウロしている姿とか、同級生の奥さんが夜中、廊下で泣いている写真とか。もっと鬼畜生になったら出せると思うんですけど。やっぱり根性がないんでしょうね」

撮影:柳岡正澄

目覚めたら病院だった

2015年12月、柳岡さんが車で買い物に出かけたのは昼ごろだった。市街地の広い通りで信号待ちをしていると、真正面から白い車が猛スピードで向かってくるのが目に映った。

「逆走ですよ。信号は赤やから止まると思ったら、そのまま突っ込んできた。一瞬やったけど、ほんまに怖かった。ほぼ正面衝突。それから記憶がなくなって、機械のガーガーいう音と痛みで目が覚めたら、病院のMRIの中だった」

さいわい命に別条はなかったものの、胸と腰の骨が折れていた。ベッドの上にあおむけで全身が固定され、食事や排せつも身動きできない状態で行った。

2週間の絶対安静期間が過ぎるとリハビリが始まった。

「装具屋さんが体の寸法を測って鉄のコルセットを作ってくれるんです。薄い鉄ですけど強烈なやつを体にぎちぎちに巻いてリハビリをした」

最初は足に力が入らず、歩行器をつけても歩くことは困難だったが、次第に歩けるようになると、痛みよりも退屈さのほうが苦痛になった。

「朝、1時間くらいリハビリセンターで過ごしたら、それからまる1日、することがないんですよ。婦長さんが『リハビリにもなるから、病院内をウロウロしなさい』と言うので、ウロウロしよった」

そこで目にしたのは、「生老病死(しょうろうびょうし)」の世界だったという。それは仏教の言葉で、生まれること(生きること)、老いること、病むこと、死ぬこと――人間に定められた4つの苦しみである。

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病院で出会った同級生