撮影:柳岡正澄

誰もいない夜のナースステーションの写真は不気味だ。一方、空のベッドに写った枕は柳岡さんのものだという。

病院では起きている時間が不規則になって、夜中に目が覚めたりするんですよ。それで自分のベッドを撮った」

手首に柳岡さん名前と患者IDが記されたリストバンドが見える写真は退院する際に撮影した。

「リストバンドをはさみで切るとき、主治医の先生に、写真を撮るからちょっと待ってくれ、言うて写した。バンドを外した瞬間、現実の世界に戻った」

撮影:柳岡正澄

交通事故でトラウマに

実は、柳岡さんの本業は僧侶である。

「お坊さんらしくないって、同級生にもよう言われますよ。一番向いてない、とかね」

1952年、京都市生まれの柳岡さんが写真を始めたのは20歳のころだった。

「学校の校長先生をしていたおじさんが写真好きで、いろいろ教えてもらった。ようカメラを借りて撮影した」

78年、夭折(ようせつ)した父親に代わり、寺を継ぎ、住職となった一方、2003年に開催した写真展「ガンガー」以降、インドやインドシナ半島周辺をテーマに個展を開いてきた。

「バングラデシュ、ラオス、ベトナム、タイなんかが好きですね。お経の内容を現地に行って実体験しているような気がする。ああ、こういう場所でお釈迦(しゃか)さまは説教なされたんやなと思って、ワクワクするんです」

唐の時代の僧、玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)がインドから中国へ経典を持ち帰ったルートを旅したこともあった。インド北部の山岳地帯、インダス川沿いの道を高山病に苦しみながらオートバイで走破した。

「ほんまにびっくりするような、荒涼とした月のような世界で、すごかったです。感動しました」

ただ、交通事故の体験はトラウマになったという。警察によると、事故を起こした車を運転していたのは85歳以上の男性だった。

「例えば、駐車場の狭いところで向こうから車が来るじゃないですか。そうすると、ちょっとびびるんですね。また突っ込んできいへんかなと思って。うちももうじき後期高齢者になるんですけども、やっぱり怖いですよ」

アサヒカメラ・米倉昭仁)

【MEMO】柳岡正澄「患者ID 0397098」
OM SYSTEM GALLERY(東京・新宿) 1月18日~1月29日

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