キリスト教の考え方では、イエスより前に亡くなっていた義人(=正しい人)たちは全員、まだ天国に昇っておらず、日本語では「陰府」と訳されるリンボという冥界にとどまっていたと考えられています。「ニコデモの福音書」では、十字架上で亡くなったイエスが陰府に下り、最初の人アダムや民族の父アブラハム、イスラエルのダビデ王から洗礼者ヨハネまで、すべての義人を天国に救済する話が書かれていますが、その時に案内係を務めたのが、なんと、「善良な強盗」ディスマスだったと伝えられています。

 もちろん、それはだれにも証明できない、現代人の感覚からすると信憑性の乏しい物語ですが、そうした物語が人々の人気を集め、連綿と語り継がれてきたのは、「そういう話があったら良いな」という大衆の願望があったからこそでしょう。

 それにしても、強盗の罪を犯して処刑されながら、十字架上でイエスから天国行きの確約を得て聖人となり、すべての義人たちの案内係まで務めてしまったディスマス以上に人生を大逆転させた男は、歴史上ほかに見つけられないかもしれません。

 なお、ヘロデ大王が幼いイエスの殺害を計画し、天使のお告げで聖母マリアと夫ヨセフとイエスがエジプトへ逃げた途上で強盗に遭遇したが、その中にディスマスがいて助けられた、という伝承もあります。その物語のイエスはディスマスに、「あなたは将来、わたしといっしょにエルサレムで十字架につけられる」と預言したと伝えられます。

[AERA最新号はこちら]