十字架刑は、見物人たちから非情な好奇の視線で観察されながら、徐々に自分の体重を支えられなくなった囚人が苦しみながら窒息して死ぬ残酷な処刑方法です。悪いことをした見せしめ、という意味もありました。ゲスマスは、その名の通りゲスな人物だったのか、となりで十字架につけられているイエスに、汚い言葉を浴びせます。
「なにが救世主だ!お前が本当に救世主なら、自分と俺たちを救ってみせろ!」
それに対し、反対側の十字架から、ディスマスという強盗がいさめました。
「おい、お前、バカなことを言うな!俺たちは罪を犯したから、こうして十字架につけられても当然だ。だが、この方を見ろ!この方は、なにひとつ悪いことをしていない。それどころか、常に民衆のために活動されてきた方だ。俺たちとは違う!」
魂の叫びを吐いたディスマスに、イエスは十字架上で、やさしく微笑みます。
「まことに、あなたに言います。あなたは今日、わたしといっしょに天国に入ります」
聖人たちが崇敬されるのは「諸聖人は天国で神様の近くにいて、わたしたちの祈りを執り成してくれる」と信じられているからです。ある人物への祈りで奇跡が起きることが聖人認定の条件となるのは、その人物が天国にいる証明だと見なすためです。ただし、このディスマスの場合は例外で、強盗でありながら帰天する前に彼の天国入りをイエスが確約したことから聖人と認定され、のちに「善良な強盗」という、言葉の上では矛盾する称号で呼ばれることになります。