内田:バブルの絶頂期の89年には、三菱地所がロックフェラーセンターを買い、ソニーがコロンビア映画を買いました。摩天楼とハリウッドを買った。これは経済戦争の勝利の「トロフィー」だった。当時の日本人は、口に出さなかったけれど、「二度目の日米戦争を戦って今度は勝った」という思いがあったと思います。

白井:同じ89年には昭和天皇が亡くなりました。できすぎた話ですよね。一度国中を焼かれたわけだけど、その焼いた相手を歯ぎしりさせるのを見届けて旅立ちました。

内田:89年は天安門事件があり、ベルリンの壁が崩壊した年でもありましたから、世界的なパラダイムチェンジの年だったんです。ただし、日本人はこのあとどうやってアメリカと交渉して、国家主権を奪還し、米軍基地を撤収させるのか、そのアジェンダがなかった。

 それからもう30年以上経ち、世代交代も進みました。相変わらず日本はさまざまな面で属国扱いされていますから、今の若い人たちの中にも「これは不当だ」という意識はある程度残ってはいると思います。でも、もう経済戦争という「復讐の回路」がない。だから今白井さんが言われた「萌え系」とか、あるいはアメリカが日本に与えた西欧由来の民主主義や人権や政治的正しさに対する憎悪というかたちで表出している。

白井:2023年3月のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の盛り上がりも、私に言わせればイデオロギー的にもの足りなかったわけです。せっかく日米決戦になったのに、この勝負に日本のレゾン・デートル(存在理由)が懸かっているとは誰も言わない。

 野球と言えば、忘れがたいエピソードがあります。2004年にソフトバンクの孫正義さんがダイエーホークスを買収した時、初めて出席したオーナー会議で熱弁をふるったというのです。「何がワールドシリーズだ。ただの北米一決定戦じゃないか。アメリカのチャンピオンと日本のチャンピオンが太平洋決戦をやって真のワールドチャンピオンを決めねばならない」と。で、他球団のオーナーたちはどう反応したか。「そんなことができるわけがないだろう」と、全く白けていたそうです。当時の関心事は2005年にセ・リーグとパ・リーグの交流戦が始まること。サラリーマンオーナーたちがもっぱら気にしていたのは、「巨人戦で儲かるといいな」あるいは「巨人戦が減ると減収するかも」という、実にちっちゃな事柄だったわけです。

 その頃、読売ジャイアンツのオーナーだった渡邉恒雄、ナベツネさんはドラフトにまつわる裏金問題のために職を辞していました。孫さんの熱弁についてメディアからコメントを求められたナベツネさんは、「その意気やよし。我々の世代には思いもつかなかったが、ぜひやってほしい」などと答えます。前向きの反応をしたのはナベツネさんだけだったのです。

 象徴的なエピソードですよね。戦犯になった岸信介らを対米従属第一世代とするなら、ナベツネさんは敗戦時に19歳で、対米従属第二世代です。だからまだ道理がわかっています。敗戦後に生まれた第三世代以降になると、どんどん減り続けるパイを何とか自分だけは食い続けたいという心理しかない生ける屍になる。あるいは安倍さんのように妄想の世界に飛んでいく。今日の日本はそういう悲惨な状況です。

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内田樹

内田樹

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

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