内田:対米コンプレックスはほんとうにねじくれていますね。ある意味で対米コンプレックスは日本人全体に共有されている。一方に親愛の情があり、一方に反発の情がある。アメリカに従属し、親和し、一体化したいという思いと、「尊皇攘夷」「鬼畜米英」という伝統的なナショナリズムがどろどろしたアマルガムをなしている。アメリカに敗けて、占領されて、属国身分に落とされたことに対する国民的な悔しさはあって当然です。何とかしてもう一度国家主権を回復したい、国土を回復したい、独立国家になりたいという素直な思いが日本人にないはずがない。戦争に敗けるというのはこう言ってよければ「よくあること」です。歴史上戦争に敗けた国なんて山ほどある。多くは捲土重来を期して、臥薪嘗胆の思いに耐える。それがふつうです。でも、日本はそうならなかった。「次は勝つぞ」という当たり前の気持ちが抑圧されてしまった。
それが岸信介のような大日本帝国戦争指導部の人間をあえて戦後日本の指導者に据えたアメリカの狡猾さだと思います。岸は自分の敵国によって命を救われ、権力を与えられ、反共の砦の「代官」となることで生き延びた。だから、日本の右翼において反米感情は深く隠蔽された。フロイトが言うように、まさに「抑圧されたものは症状として回帰する」。自国を植民地的に支配している宗主国に媚びる「ナショナリスト」なんて世界で日本にしかいませんよ。今の日本人は国民的規模で「狂っている」と言ってよいと思いますけれども、それは抑圧された「尊皇攘夷」「鬼畜米英」の感情が出口を失って、心理の深層で腐臭を発している病態だと言っていいんじゃないでしょうか。